苦悩する妊婦たち 命の現場で何が

  • 2020年4月28日

新型コロナウイルスの感染拡大は出産にも大きな影響を与えています。里帰り出産をあきらめざるをえなくなった人、出産リスクが高く簡単に転院ができない人。新たな命の誕生を待つ妊婦たちの不安が募っています。

私はどこで産めばいいの

「病気にかかっても飲める薬も少ないし、感染してしまったら自分よりお腹の子の心配がすごくあります」

こう話す真由美さんは神奈川県在住で、現在、妊娠6か月。長男の子育てもあるため、福岡県への里帰り出産を考えていました。しかし、感染が広がる中、長距離移動をして大丈夫なのか、悩み始めています。

真由美さん
「どこにいても安全がない。どこで産めばいいかもわからない。不安しかない。」


不安を募らせる妊婦たち。NHKにも多くの声が寄せられています。

『福井県へ7月に里帰り出産予定ですが、控えるべきか迷っています。すでに分娩予約を締め切っているところも多く、出産難民になりかねません』

この投稿を寄せた神奈川県在住の、あいさん(38 仮名)。“里帰り先の病院からも難色を示された”といいます。

あいさん
「感染症の指定病院ということもあったので、この1~2か月に関しては、里帰り出産を受け入れるのをやめていますというのをすごく言われました」

あいさんは里帰り出産をあきらめ、普段検診に通っている病院も含めて、住んでいる場所から通えるところをインターネットなどで調べました。しかし、どこの病院もすでに予約で埋まっていました。

あいさん
「出産場所が決まらないっていうのはかなり精神的に負担だと思っていたので、恐ろしいなと思いました」

なんとか受け入れてもらえないか。あいさんは、かかりつけの地元の医師に相談しました。
あいさんからの相談を受けたのがクリニックの院長、太田篤之さん。太田院長はもともと里帰りする予定だった妊婦5、6人から、同じような相談を受け、対応を迫られていました。

太田院長
「仮にうちで断ったとしても、どこか探さざるをえなくなる。うちにずっと通って来ている方でしたし、やれるかぎりのことはやった方がいいと思いました」

このクリニックは、出産もできますが、 ベッドの数は9床。常に、ほぼ満員の状態です。あいさんが相談したときもすでに8か月先まで予約で埋まっていました。
そこで、このクリニックでは、予約状況を一つ一つ精査。あいさんの予定日の近くで予約のキャンセルがありました。再調整することで、ベッドの空きを捻出しました。

あいさん
「電話をいただいて、『大丈夫です』と言っていただきました。もうホッとした、のひと言です。せっかく来てくれた命なので安全に無事に産んであげたいという気持ちです」

太田院長のクリニックでは、工夫を重ね、里帰り出産ができなくなった妊婦たちを受け入れてきました。しかし、これ以上、同じような要望が増えることに、強い危機感を抱いています。

太田院長
「本来なら数日間入院しているのを、1日削らせてもらって、申し訳ないけど早く帰ってね、と患者さん同士で頼まなければいけなかったりせざるをえなくなる。お産難民で苦しむ方が、これから多く出てくると思うので、その方たちをどうやって割り振るんだろうという懸念があります」

出産場所の確保に向けた連携

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言。これを受けて、専門の学会なども、移動による感染リスクと、地方の医療機関への負担を理由に、急な里帰り出産を控えるよう呼びかけました。

東京産婦人科医会の会長、山田正興さんのもとには『転院希望の相談が相次いでいる、何とかできないか』という医師からの連絡が次々と寄せられたといいます。
里帰り出産をあきらめた妊婦の出産場所をどう確保するのか。

4月中旬、山田会長は転院希望に対し、受け入れは可能か、緊急調査しました。「行き場のない妊婦を作ることは絶対に避けなければいけない」という強い思いからです。
これに対し、大学病院からクリニックまで、123の医療機関が、協力の意志を示しました。

山田会長は「本当にうれしいことに多くの会員が、緊急事態なので受け入れましょうと言ってくれました。状況的に苦しい場面も出てくるかもしれないが、このリストがあるので、他の病院にあたってみましょうということになると思うし、有益なツールだと思う」と話しています。

東京産婦人科医会が作成した受け入れ可能な病院のリストは医会のホームページで公開されています。ただ、注意が必要です。
まず病院の空き状況や設備、妊婦の状況はそれぞれ違うため、すべての妊婦を受け入れられるとは限らないことを頭に入れておくこと。また、自分で問い合わせるのではなく、必ずかかりつけの医師に相談することが重要です。

こうした医療機関同士の連携の取り組みは、東京だけでなく、首都圏のほかの地域でも広がっているということです。

高リスクの出産 どうすれば

医療機関同士の連携が進む一方で、高齢出産や持病を抱えるなど、リスクが高いとされる妊婦は、簡単に転院ができません。中野有紀子さん(41)もその一人です。

中野さんは2週間後に帝王切開による手術での出産が決まっています。
これまでの2人も帝王切開で出産。高齢での3度目の帝王切開はリスクが高いと言われています。

中野さん
「私はハイリスク妊婦だし、お産自体も、何があるかわからないし、お産によって命を落とすこともあるということを子どもに言わないまま入院したくなくて、全部、プロセスを話しています」

そこで、地元の産婦人科に紹介されたのが、墨田区の都立墨東病院です。
高齢や持病などが原因で、出産リスクが高い妊婦に、手術など、高度な医療を提供する、総合周産期母子医療センターに指定されています。
一方で、感染症の指定医療機関でもあるため、1月から、新型コロナウイルスの患者を受け入れていました。

自分の出産に影響はないのか。中野さんは、ニュースや病院のホームページなどで、毎日、都内の感染情報をチェックしていました。

手術をおよそ1か月後に控えた4月9日。
中野さんは医師に、墨東病院で院内感染が起きたら、自分はどうなるのか尋ねました。
隣の区の総合病院で大規模な集団感染が起き、すべての外来や新規入院が中止されていたからです。

中野さん
「できるだけ不安をなくしたくて、院内感染が起きた場合に、ほかの場所に移って産んだほうがいいんですかというふうに先生に聞きました。ここから通常の産院にお戻しする、転院するということはないんです、と言われました。でも、どこかで、何かあったらという心配はあります」

手術までおよそ3週間となった4月14日。墨東病院で新型コロナウイルスへの感染した患者が複数確認されました。感染拡大はその後も続きます。
病院は医療体制を縮小することにしましたが、周産期医療については、継続する事を発表。中野さんは、ホームページでそのことを知りました。

中野さん
「やはり出てしまったかという感じですね。少しどきっとしました。周産期医療を守るという事を明記されていたので、そのことは安心しました」

しかし、手術までおよそ2週間に迫った4月21日。医師を含む、12人の感染者が新たに確認されました。病院は記者会見で周産期医療、小児医療について当分の間一部受け入れを制限すると明らかにしました。

翌朝、中野さんは『吐きそうになるくらい不安を感じた昨晩』とSNSに心境を記しました。それでも、不安な気持ちを奮い立たせようとしていました。

その翌日。中野さんは、手術前 最後の検診に訪れました。
本当にここで産んでいいのか。中野さんの問いに、医師は「この病院で感染するリスクと、出産直前に転院するリスク」を説明しました。
中野さんは、リスクの高い出産にも対応できる、墨東病院での出産を決断しました。

中野さん
「他の産院に行ったからと言って、そこが必ず安心だとは限らないと言うことはおっしゃっていたので、恐らく病院でもいろんなリスクヘッジの対策を取られていると思うので、病院を信じて、2週間自分の身体と心を整えることに集中しようかなと思います」

東京産婦人科医会の山田正興会長は、墨東病院の現状について、「妊婦の最後の砦(とりで)となる総合周産期母子医療センターが完全に閉鎖してしまうと、リスクの高い妊婦と胎児が命を落とす危険性が高まる」と話しています。

新型コロナウイルスの感染者の命を守る戦いだけでなく、同じ医療機関で新しい命を生み出すための戦いも続いています。その医療現場へ負担をかけないためにも、私たちはよりいっそうの行動の自粛など、一人一人にできることを徹底していくことが必要になっています。

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