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  • 2024年5月14日

シベリア抑留 死亡者の名簿 4万6300人分を作成 村山常雄さんの業績を振り返る

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第2次世界大戦後、ソ連によって日本人がシベリアに抑留され、およそ5万5000人が犠牲になりました。自身も抑留経験者だった村山常雄さんは、抑留で死亡したおよそ4万6300人分の名簿をひとりで作りあげました。10年前に亡くなった村山さんの業績を振り返る展示会が東京・千代田区で5月17日まで開かれています。

ソ連によるシベリア抑留

シベリア抑留は、第2次世界大戦後、ソ連によって60万人とも言われる日本人が連行されたもので、飢えや寒さの中で重労働を強いられ、およそ5万5000人が犠牲になりました。現地には、3万2000人以上の遺骨が残されたままとされています。

村山常雄さん 抑留で死亡 4万6300人の名簿

シベリア抑留経験者の村山常雄さんは、抑留で死亡したおよそ4万6300人分の名簿をひとりで作りあげました。
村山さんが88歳で亡くなって、5月11日で10年となるのにあわせ、支援団体がその業績を振り返る展示会を5月10日から「千代田区立九段生涯学習館」で開きました。

手書きで整理された名簿も

展示会では、手書きで整理された名簿や、パソコンに打ち込んだファイルを保存するのに使用した数十枚のフロッピーディスクなどが並べられ、膨大な作業だったことを物語っています。
また、村山さんが慰霊や調査のため何度もシベリアに赴いた時の写真も展示されています。

村山さん 70歳からひとりで10年かけて名簿作成

村山さんは、ソ連が日本に提供した抑留の犠牲者の名簿がすべてカタカナで不正確な点も多かったことから、平成8年、70歳の誕生日を期にさまざまな資料を元にひとりで名簿作りを始め、10年ほどでおよそ4万6300人分の氏名や死亡した日付、場所などを載せた名簿を作成し、公開したということです。

「シベリア抑留者支援・記録センター」有光健さん
「1人1人が生きていた事実、歴史をきちんと記憶にとどめるべきだという村山さんの気持ちがほとばしっていると感じます。平和への思いを引き継いでいければと思います」

 

展示会:5月17日まで「千代田区立九段生涯学習館」で開催

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