患者の遺伝子を調べて最適な治療法や薬を選ぶ「ゲノム医療」がいま急激に進んでいます。ゲノムの解析によって、さまざまな病気のリスクを推定する研究も進んでいる一方で就職・結婚などで不当な差別や不利益を受ける懸念が指摘されています。実際に医療保険の支払いが通常より遅れたというケースも出てきています。効果と課題についてまとめました。
ゲノム医療は、遺伝子の解析にかかるコストが安価になったことから特にがん治療の分野で普及してきています。
がん患者の遺伝子を調べて最適な治療薬を選ぶ新たながん医療の手法は「がんゲノム医療」と呼ばれ、2019年6月に公的な保険が適用されました。国立がん研究センターによりますとこの検査を受けた人はことし2月までにおよそ5万人に上るということです。
検査を受けた後、個人に適した抗がん剤を受けた結果、がんの症状が改善したケースもあります。
2022年に国立がん研究センターを受診した70代の女性は、希少な皮膚がんが肝臓に転移するなど進行し、有効な治療がなくなった段階で遺伝子の検査を受けました。
検査で見つかった遺伝子変異に対応する「分子標的薬」の投与を受けたところ、7センチ以上あったがんが半年ほどで2センチになり、けん怠感などの症状もおさまり仕事をしながら治療を続けているということです。
このゲノム解析の活用は、がんだけではありません。糖尿病や心筋梗塞など病気のリスクを推定する研究も進んでいます。
しかし、病気のリスクがわかることで、就職・結婚などで不当な差別や不利益を受ける懸念が指摘されています。実際に医療保険の支払いが通常より遅れたというケースも出てきています。
「がんゲノム外来」を担当する千葉県がんセンターの横井左奈遺伝子診断部長によりますと、親が遺伝性の大腸がんだったため、患者の20代の男性が、保険加入後、遺伝子検査を受けたところ、若くして大腸がんの発症リスクが高い「リンチ症候群」と診断されました。
そして2022年、大腸がんを発症し、内視鏡手術を受けました。
しかし、保険会社に給付金を請求すると「リンチ症候群」は加入時に告知が必要だったとして検査の結果の詳細について調査会社を通じて、横井医師が照会を受けたということです。
これについて横井部長は遺伝子検査の結果について照会を受けたと受け止め、日本損害保険協会が2022年5月27日に出した「保険の加入や支払いでの遺伝子検査の結果などの収集や利用を行っていない」とする声明に反するとして保険会社への回答を拒否したということです。
その後、保険会社と協議した結果手続きを始めてから半年以上たって給付金が支払われたということです。
千葉県がんセンター 横井左奈 遺伝子診断部長
「この事例に限らず、実は水面下で同じようなことが起きていて、声が上げられない患者さんが、実際にはいるのではないかと想像している。遺伝情報の取り扱いについて定める法制度の整備を早急に進めるべきだ」
一方、日本損害保険協会は当該の保険会社に対し事実確認を行ったということですが、従来から協会に加盟する保険会社では遺伝情報の利用は行っていないとしています。