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藤子不二雄(A)さんが明かす「トキワ荘」と手塚治虫さん

  • 2021年4月7日

「手塚治虫先生がいなかったら僕は絶対漫画家になっていなかった」
こう話す藤子不二雄(A)さん※。日本を代表する漫画家が若き日を過ごしたアパートとして知られる「トキワ荘」で活動した漫画家のひとりです。「トキワ荘」を復元した東京・豊島区の施設で開催の手塚治虫さんの企画展にあわせ、当時の思い出を語りました。 ※(A)は〇の中にA

日本を代表する漫画家が集った「トキワ荘」

「トキワ荘」は、昭和27年に建てられ、手塚治虫さんをはじめ、赤塚不二夫さん、石ノ森章太郎さん、藤子不二雄のコンビなど、日本を代表する漫画家たちが、ともに生活しながら腕を磨きました。

「手塚治虫先生がいなかったら僕は絶対漫画家になっていなかった」

この「トキワ荘」で活動した漫画家のひとり、藤子不二雄(A)さん。手塚治虫さんの企画展にあわせ、「トキワ荘」を当時の原寸大で復元した「トキワ荘マンガミュージアム」を訪れました。

「手塚治虫先生がいなかったら僕は絶対漫画家になっていなかった」と話す藤子不二雄(A)さん。漫画家を志すきっかけが手塚さんだったことを明かしました。

「当時漫画っていうのは、滑稽というかギャグというか、お笑いが漫画の主流でして、手塚先生はストーリー漫画という、漫画をドラマにした作品を描いた。
僕らは映画少年で、将来は映画監督になりたかった。僕ら、びっくりしたのは、先生は紙の上で映画を作られた。これならできると思って、それで漫画の方へ走ったのですね」

“アシスタント第1号”から見た手塚さん

富山の高校を卒業後、上京した藤子不二雄(A)さんは、手塚さんに挨拶をするためトキワ荘に向かったといいます。手塚さんがいたのは14号室。そこでは編集者が手伝って執筆に追われている手塚さんがいました。

「当時はアシスタントがいなくて、編集者がラインを引いたり、ベタ塗ったりしているのですね。僕がご挨拶に行った時にも、編集がついてやっていた。僕は見るに見かねて、ちょっと手伝いましょうかって言ったら、先生も『ああやってくれる』っておっしゃったので、喜んでやるって。なんと4日間、手伝ったのですね。それから何かあると、編集から電話がかかってきて、ちょっと、手伝ってよって、何回も通って、お手伝いをして、日本の漫画アシスタントの第1号が僕なので、これは非常に今でも自慢にしているのですけれども」

執筆を手伝う機会を得た藤子不二雄(A)さんには、手塚さんの姿はどのように映ったのでしょうか。 

「手塚先生というのは非常に愛想のいい方で、普通の時はもう本当にね、こっちが恐縮するぐらい。漫画を描いている時は、本当にまわりにちかよりがたいという雰囲気があって。
睡眠時間もなくて、朝の3時か4時ごろに寝るのですけれど、先生はまだ描いていて。僕が7時に起きると、先生はもう(机に)むかっている。先生は、横になって寝たというのは、本当にないので、僕はもう鉄人・治虫だと」

手塚さんから「トキワ荘」入居を持ちかけられる

手塚さんとのかかわりは漫画だけではありませんでした。手塚さんが「トキワ荘」から引っ越す際に、ある提案をしてきたのです。

「ある時行ったら、先生が『そろそろトキワ荘、ちょっと出ようと思っている、引っ越すから、もしよかったら入らないか』と言われて、僕らはびっくり仰天して、うれしくて、お願いしますと」

ところが問題がありました。引っ越すための敷金です。工面できずにいると、手塚さんが「敷金のことを心配しているのならそのまま置いとくよ」と申し出てくれ、無事にトキワ荘に入ることができたということです。

画像は去年10月

「そもそも、トキワ荘に入れたのも、先生が、もし敷金を置いていかれなかったら、僕らは絶対、トキワ荘に入ってなかったので、その後のトキワ荘が全く変わっていたと思うのですよね。だから本当にね、先生には、そういう意味で漫画だけじゃなくて、私生活とかそういうこともね、ものすごくお世話になったのですね」

運命を変え人生を決めた「トキワ荘」

企画展の会場では「ジャングル大帝」最終回の直筆原稿をはじめ、「リボンの騎士」や「火の鳥」などトキワ荘時代の貴重な直筆原稿を見ることができます。記者会見した藤子不二雄(A)さんは、「ジャングル大帝」の最終回を手伝った思い出を語り、「『北極の吹雪を描いて』と言われ、先生はチャイコフスキーの曲をかけながら描いていて僕は、なぜか涙が出てきてとまらなくなった。先生はアシスタントが描いた部分は必ず直すのに、僕は一切直されなかったのは一生の自慢です」と懐かしそうに話していました。
さらに藤子不二雄(A)さんは、手塚さんや「トキワ荘」、そして漫画という文化について次のように話しています。

「漫画は今、日本の誇りになっている文化になっているのですけど、手塚先生がいなかったら今の日本の漫画というのはあり得ないわけですよね。もし先生がいなかったらトキワ荘は普通のアパートだったのですけれど、先生がいらっしゃったおかげで僕らも入れて、今や伝説のアパートになった。
本当にあらゆる運命が変わったので。そういう意味では本当に、あの時のトキワ荘は僕らの人生を全部決めた」

この企画展は8月9日まで開かれます。

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