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昭和の子どもを元気にした消毒液「赤チン」 12月25日で生産終了

  • 2020年12月24日

「子どもの頃から赤チンを使ってきたため、ほかの消毒液では消毒した気になりません」
こんな熱烈なファンの声がメーカーに届けられていた消毒液の「赤チン」。製造が法律で規制されることになり、国内で唯一、製造を続けてきたとされる東京・世田谷区の会社が25日で生産を終えることになりました。

本当の名前はマーキュロクロム液

傷口に塗ると赤色になることから「赤チン」の愛称で長年、親しまれてきた「マーキュロクロム液」と呼ばれる消毒液。昭和の時代には各家庭や学校に常備薬として置かれていました。ひざ小僧をすりむいて泣きべそをかいていた時、母親から「赤チン塗っておけば治るよ」と言われた人も少なくないのではないでしょうか。

ゴム跳び遊びする子どもたち(昭和39年 東京・江戸川区)

製造も法律で規制 生産終了

「赤チン」は原材料を製造する過程で水銀を含んだ廃液が出ることから原材料の国内生産は1970年代に中止されました。このため最大でおよそ100社あった製造会社は減少して現在では、東京・世田谷区にある「三栄製薬」が国内で唯一、製造を続けてきたということです。

しかし、12月31日から「赤チン」の製造も法律で規制されることになり、この会社では25日で生産を終えることになりました。

売り上げ減少も全国から熱い声

この会社では、昭和40年代のピーク時の生産量は月10万本でしたが、最近では月3000本に落ち込み、「赤チン」の売上は全体の1%ほどまで減っていました。
でもメーカには、赤チンへの熱い声が届けられていました。

「子どもの頃から赤チンを使ってきたため、ほかの消毒液では消毒した気になりません」

 

「赤チンが大好きです。息子たちも小さい頃から赤チンのお世話になってきました」

 

「赤チンは私にとっては貴重品で冷蔵庫に保管し少しずつ使用していました」

 

「これからも頑張って作って下さい」

 

会社には12月に入っても注文が相次ぎ、およそ1万本の出荷を予定しているということです。

いつまでも赤チンのことを覚えておいてほしい

三栄製薬 藤森博昭社長
「創業当時から製造してきた赤チンを作ることはできなくなりますが、いつまでも赤チンのことを覚えていてほしいと思います」

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