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空襲の記憶後世に 資料館閉館で若い世代が…

  • 2020年3月13日

500人以上が亡くなった「前橋空襲」の体験者が運営してきた資料館が今月、閉館します。

その記憶を引き継いでいこうという若い世代の取り組みです。

空襲に備えて家庭に配布されたガスマスクや、前橋市内に落とされた焼い弾。

展示されているのは、今月末で閉館する予定の前橋市の「あたご歴史資料館」です。

前橋空襲を体験した市民から集めた貴重な資料、およそ160点が展示されてきました。

資料館を開設した原田恒弘さん(82)は、前橋空襲を体験し、語り部として活動してきました。

昭和20年、終戦の10日前。前橋市はアメリカ軍の空襲を受け、535人が犠牲となりました。

7歳だった原田さんは防空ごうに避難し、奇跡的に助かりました。

原田さんは地域の人と協力して住民から資料を集め、8年前に資料館を開設。

行政に頼らずに自治会で資金を出し合って資料館を運営してきました。

しかし、8人いた語り部は高齢となり、今は原田さんを含めて2人だけになりました。

去年からは週3日の開館日を週1日に減らしましたが、それでも体力に限界を感じ、閉館することを決めました。

原田さんは「やるだけのことはやったけど、もうこれ以上は支えきれないというのが、悲しいながら、本当に悲しいんですけどね。もちろん悔いはあります。もう5年若ければっていうような恨みつらみはあります」と苦しい胸の内を語ります。

原田さんたちの思いを引き継いで伝えていこうと立ち上がったのが、村上雅紀さん(38)です。

ボランティアで資料館の運営を手伝ってきた村上さんは、体験者から話を聞く場がなくなることで、戦争の実態が忘れ去られてしまうのではないかと危機感を持ちました。

そこで、貴重な証言を映像で残したいと考え、仲間に呼びかけて、体験者の生の声を記録することにしました。

この日は、「どっちの空を見ても真っ赤だったですね。もう、その時はうちは焼けて無かったですね」という証言を記録することができました。

村上さんは原田さんにも話を聞きました。

場所は、あの空襲の日、原田さんが逃げ込んだ防空ごうがあった所です。

原田さんは「猛火と煙ですね。巻き込まれて次々と市民の方が倒れている。この防空ごうは自分の82年の人生経験の中でも、つらい、悲しいと言いますか、最も悲惨な出来事の一つとして、体にしみ込んでいるんですね。確実に、空襲の体験者がいなくなってしまう」と、カメラに語りかけました。

原田さんの深い思いを受け止めた村上さんは、空襲の記憶を引き継いで伝えていこうとしています。

「『二度と戦争は繰り返してはいけない』っていう、それはやっぱりかみしめて。先輩の方々の声を今にとどめて、われわれとかその次の世代に伝える義務があるのではないか、引き継いでいかなければならないのかなと思っています」。

 

住民たちが運営してきた資料館の閉館後は、前橋市が資料を引き取ることが決まっていて、今後、展示、活用する方法を検討しているそうです。

  • 橋本 慎也

    NHK前橋

    橋本 慎也

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