ページトップへ

20歳の娘を看取(みと)って…語ることで歩み始めた母

12月25日

家族などの死に至る最期の生活に寄り添う「看取(みと)り」についてです。

高齢化や在宅医療が進む中、「看取り」はより身近な問題になってきています。

20歳の娘を亡くした女性は、いま「看取り」についてみずからの思いを話す場ができたことで、前に歩き始めています。

 

埼玉県狭山市に住む田中泉さんです。おととし、20歳の娘を看取りました。

3人姉妹の末っ子、美実さんは、5年間のがんとの闘病の末、亡くなりました。美実さんが身につけていたものを手にして、「まだ娘のにおいが残ってるんです」と田中さんは名残惜しそうに話します。

娘の希望通り、最期は病院から自宅に戻りました。

田中さんは、40日間つきっきりで介護し、家族や美実さんの友人と一緒に看取りましたが、後悔の気持ちも残りました。

「時間は足りないと、ずっと思い続けると思うんですよ。もっと触ってあげたかった。といっても、ずっと触ってるんですよ、マッサージしたりとか。でも、まだ何か触り足りなかった」。

 

1年近く、もやもやした気持ちを抱えた田中さんが出向いたのが、「看取り」について語る会です。

参加した1人は、「実は昨年、妻が亡くなりまして」と話し始めました。

この語る会は、看護師が開いたもので、家族をすでに看取った人や、これから看取りを経験する人たちが参加しています。「看取り」の経験や悩みを自由に話すことで、「看取り」を振り返ったり今後の「看取り方」の参考にしてもらったりするのがねらいです。

 

参加した田中さんは「亡くなる前の日だったかに、最後に彼女がはっきりとした言葉で言ったのが、『お母さん』だったんです。その後は続かなかったんですね。でも、なんか話とか聞くうちに、『お母さん』のあと、きっと『ありがとう』って言葉が続いていたんじゃないかなと、思いたいです」といまの心境を話していました。

田中さんは、娘と過ごした最期の生活を語ることで、いい「看取り」だったのではないかと受け止められるようになりました。

会に参加した人は「『死ぬ』とか『看取り』とか、そういったキーワードで本音が話せるっていいですよね」と感想を話していました。

 

語る会を開いた看護師の後閑愛美さんは、家族と日頃から「看取り」について話し合ってほしいといいます。

「ふだんから何気ない会話ができていなかったら、いざという時、『もしも』の話し合いなんて絶対できるはずがないから、ふだんから、何気ない会話を大切にしてほしいなと思うんですね」。

 

語る会を開いた看護師の後閑さんは、死をタブー視せずに家族も含め、自由に話すことがよりよい「看取り」につながると話していました。

今後も月に1回程度、こうした語る会を開くことにしていて、次は、1月27日に東京・文京区で行われます。

NHKさいたま

清 有美子