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「実名」と「匿名」のはざまで(1) 匿名の発信が引き起こす“光”と“影” 6月12日

平成の30年はインターネット社会が広がり、SNSやブログなどでの「匿名」での発信が広がった時代でもありました。

そうした中で、相次ぐ匿名のひぼう中傷や嫌がらせなどが大きな問題となってきました。

 

一方で、匿名のブログから署名活動に発展した待機児童問題。さらに性暴力の被害の告発など、匿名の発信も力となり社会が動いたケースもあります。

首都圏ネットワークでは、実名と匿名のはざまから、社会の在り方を探ります。まずは匿名の発信が引き起こす影から見ていきます。

 

匿名の発信によって、ある日突然、生活が脅かされた人がいます。

北九州市にある建設会社の石橋秀文社長です。

 

おととし6月、神奈川県の東名高速道路で、あおり運転をきっかけに一家4人が死傷した事故。この事故で逮捕された福岡県の男の親族だと、デマを流されました。

男とは無関係でしたが、名字が同じことや住所が近かったことから、ネット上では「男の親族だ」とか「勤務先だ」などと嘘の情報が相次いで書き込まれたのです。

書き込みのあと、会社には多い日で1日100件以上の嫌がらせの電話が相次ぎました。休業を余儀なくされ、ネット上の書き込みは長期間、消されずに残りました。

 

石橋社長は「私にも家族があるので、極端に言えば私の所にくればいいけど、家内や子どもを標的にされた場合に守れるすべというのが、相手が全く分からないので、いつどこで誰がくるか分からないのが恐怖でした」と当時の心境を語ります。

 

匿名で書き込んだ11人が名誉毀損の疑いで書類送検され、いずれも不起訴になりました。社長が、このうち8人に対して賠償を求めた裁判が11日から始まり、全員が書き込みを認め、3人は和解の意向を示しています。

裁判について社長は「ネットで、スレッドを立ち上げてからやり込んでいくというのは、個人的な認識としては、木の後ろに隠れて石を投げつけているイメージ。私は使い方を間違わなければ反対ではないんです、SNSにしてもインターネットにしても。だからこそ責任を持ってほしいんです」と訴えています。

 

こうしたネット上での人権侵害の疑いがある事案は、法務省によりますと平成20年からの10年で4倍近くに急増し、去年は1900件余りに上っています。

匿名には、いま見てきたようなマイナスの側面がある一方で、匿名だからこそ語られるようになった社会のひずみや告発も多くあります。

こうした中、匿名であることで発信者を守り、安心して声を上げられる仕組みを作ろうという模索も始まっています。

 

ことし2月に、相談サイトを立ち上げた都内の会社です。

ハラスメントや差別、人権問題などについて、「完全匿名」で相談できます。

 

このサイトの特徴は“代弁者”という役割を置いたことです。

悩み相談を本人に代わって、代弁者が代理で投稿するほか相談に対して寄せられるコメントに目を通して、ひぼう中傷などを排除するフィルタリングの機能を果たしています。

代弁者の1人は「私のフィルターを通して、大丈夫だとコメントができます」と話します。

この仕組みを作ったのは、従来のネット上の相談では、相談者へのコメントがほぼ無条件に掲載され、傷つくケースが少なくなかったからです。

 

相談サイト「キュカ」運営会社の片山玲文さんは「『女性が夜道を歩いていて、セクハラに遭いました』と。そういった時に、『夜道を無防備に歩いていたのでは』とか、『短いスカートだったからじゃないのか』とか。その怖い思いをした方に『あなたに非があったんじゃないか』というのは、とてもつらいコメント」と説明します。

 

こちらは、セクハラ相談に寄せられたコメントです。

代弁者が選別したコメントには「断りづらかった状況もよく分かる」という共感や、「相手の会社に匿名で手紙を書いてみては」などと具体的なアドバイスも掲載されています。

サイトの立ち上げから4か月。セクハラやパワハラ、さらには就職活動で受けたハラスメントなど声を上げにくい悩みや相談が、すでにおよそ360件寄せられています。

片山さんは「実名で言うことって、世の中に出してインパクトを与えることができると思うんですけれど、かなりハートが強くないとできないかなと思っていまして。発言することに対しての二次バッシングであったりとかって、戦い続ける必要があると思う。まずは、声を上げていただくっていう事が第一歩だと思っています」と話していました。

 

インターネット上の匿名発信に詳しい、大阪大学大学院の辻大介准教授は「匿名で、お互いどこの誰かっていうのは分からないけども、志や考えを同じくしている人たちとネット上でつながって、大きな力をもった存在に対して対抗するような力を生む面も、匿名性、匿名空間は持っている」と分析します。

そのうえで、いまやネット空間でも実社会と同じ責任が求められると指摘しています。

「ネット空間であっても当然、無法地帯ではなくって、法のもとにある空間ですから、当然違法なものっていうのは捜査はされるし裁かれる。ある程度、実名性を導入していって、責任持った発言っていうものがそこでベースになる、基本になる考え方はありうると思う。むしろ実名でのコミュニケーションと、匿名でのコミュニケーションを、どう使い分けるべきかを考えるべきだと思います」。

 

ひぼう中傷を恐れることなく、実名でも安心して声を上げられる社会をどう作り上げていくのか。いま、考える時期を迎えています。