震災8年の決意 揺れ続けた避難者の思い

  • 2019年3月4日

東日本大震災の発生から8年。岩手、宮城、福島の3県から首都圏に避難している人は、およそ2万人に上ります。「いつかはふるさとに帰りたい」という希望と、「元どおりのふるさとに戻るのか」という不安との間で揺れ続けながら、避難生活を続けています。そうした中、「ふるさとを離れる」ことを決意した、1人の女性の思いを取材しました。《栄久庵耕児記者》

■住民票を残したまま東京へ

東京・福生市で暮らす佐々木芳子さん(65)です。8年前の津波で岩手県釜石市の自宅が全壊。生まれ育ったふるさとは、壊滅的な被害を受けました。視覚に障害のある佐々木さんは、近くには頼れる親族もおらず、3年前、住民票を残したまま、娘が住む東京に生活の拠点を移しました。佐々木さんのよりどころになってきたのが、かつて仮設住宅で暮らしていた時に、自らが作詞した「仮設音頭」という曲です。

「毎日聞いています。さみしくて聞くんだけれども、聞けば元気が出る。そういう時に聞いて元気出しています」

困難の連続だった仮設住宅での生活。将来の展望が描けない不安な日々でした。

住民どうしが支え合いながらの生活でした。そうした絆を込めて作ったのが「仮設音頭」でした。

♪みんなでみんなで 生きてきた
 つらさとかなしみ わかちあい
 一生懸命生きてきた

「仮設音頭」は、仮設住宅のイベントで歌われるなど、親しまれていました。

「つらったことも楽しかったことも、みんなで一緒に力を合わせて生きていきましたもんね。そういうのを込めて、仮設の全部が『仮設音頭』に入っているんじゃないかと思います」

■被災者の心の傷を訴える活動

佐々木さんが仮設住宅を離れたのは、まだ多くの住民が残る時期でした。支え合いながら暮らしてきただけに、自分が先に出て良かったのか、後ろめたさを感じ続けてきました。

「夜逃げするようにして。みんなより先にいくから夜逃げするように出ていった」

自分が見てきた仮設住宅の現状を多くの人に知ってほしい。佐々木さんは、東京で講演活動に取り組んでいます。

佐々木さん
「私たちが仮設住宅で暮らす中で、出会った人たちの中には、大切な人を亡くした人たちがたくさんいました」

出席者
「何を支えに乗り越えたんですか?」

佐々木さん
「乗り越えていないんですよね。みんなはその日のままの心で、時間は止まっていますね。それを口に出せないで暮らしているだけで、乗り越えてはいないと思います」

癒えることのない被災者の心の傷を訴えています。

■震災8年 「東京に住み続ける」決意

日本大震災からまもなく8年というある日。佐々木さんは、1つの決意を固めてふるさとを訪れました。生まれ育った釜石市は、現在、復興に向けた工事が進められています。自宅があった場所は、今はさら地。ふるさとで生活したいと願う一方、かつて暮らした街が戻ることはないと感じていました。佐々木さんは、住民票を移して、東京に住み続けることを決めました。

「家もだし、時間も思い出も、町も元に戻れないくらいに壊れちゃったもんね。簡単に決断したわけではないけど、釜石を離れる時期がきちゃったんだなって」

以前住んでいた仮設住宅も訪問しました。最後まで残っていた知り合いの女性にも、ようやく住宅再建のメドが立ちました。

知り合いの女性「うち、ことしだ。引っ越すの」

ふるさとを離れる前にもう一度、かつて仮設住宅で支え合った人に会えないか。佐々木さんの呼びかけで、およそ20人が集まりました。そして、最後に「仮設音頭」を歌いたいと提案しました。

参加者「これ見て『忘れない、忘れない』」
佐々木さん「大変だったけど、一生懸命やって楽しかったね」
参加者「忘れるものか」

絆を実感できた佐々木さん。未来への希望を胸に仮設音頭を歌います。

♪みんなのみんなの笑い顔
 ふえたふえたよ ふえてきた
 ちいさなよろこび 希望へと

佐々木さんは「歌えてよかった。この歌があってよかったなって。よしやるぞ、みんなも頑張ったねって、そういうふうになれたので、また新しいところに踏み込んでいける一歩になったと思います」と話していました。

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