“実名で発信”望んだ当事者の思い

  • 2019年6月13日

ネット社会が広がる中で、匿名でのひぼう中傷によって、事件や事故などの被害者や遺族が傷つけられることも少なくありません。そうした中でも被害を伝えようと、実名で発信することを望んだ当事者の思いを見つめます。《廣岡千宇記者》

■自殺 いったんは取り消された“最高賞”

3年前の8月、1人の少女の死が報じられました。名前はなく、青森市に住む中学2年の女子生徒が、いじめによって自殺したとみられるという内容でした。

女子生徒の父親の葛西剛さん(41)です。当初、名前を公表することなど考えることもなかったといいます。剛さんは「私たちにとっても突然の出来事で、娘がいなくなってしまったっていう実感もなくて。むしろ正直な気持ち、“そっとしておいてくれ”」と、当時の心境を話しています。

いじめや自殺に対する世間の受け止めも、理由の1つでした。

「『いじめられるほうが悪い』だとか、さらには自殺にいたっては、それこそ『勝手に死んだ』とか。生前受けたいじめ同様、また亡くなってからも、いじめと似たようなこと、被害を受けてしまうんじゃないか」

そんな剛さんの気持ちを変えたのは、四十九日に届いた1枚の写真でした。亡くなる10日前に撮影された「手踊り」する姿。写真コンテストで最高賞に内定したと連絡があったのです。

ところが、自殺したと分かると、一転、賞は取り消されてしまいました。

「『写真の被写体がこういう子だとふさわしくない』。こんな子がふさわしくないって、どういうことだって思いまして。私の娘が生きた13年っていう時間、すべて拒否されたような感覚になってしまって」

娘の存在を社会から消してほしくない。剛さんは写真とともに、娘の名前を公表することにしました。

葛西りまさん、当時13歳。その笑顔とともに名前は全国に広がり、大きな反響を呼びました。賞の取り消しは撤回され、いじめの問題もクローズアップされました。りまさんに宛てた、善意のメッセージも届くようになりました。

剛さんは「名前を出すことによって、その人が実際に存在したっていうことが明確になると思うんですよ。こういう子がいて、こういうふうに苦しんでいたんだって。だったら、どうするべきかっていう風に考えてもらえる。娘も、自分がもし生きていたら、自分が住みやすい世の中に変えていけるように、納得してるんじゃないかなと」と話しています。

■匿名には共感する声も

一方、社会の受け止めやその後の影響を懸念して、自ら公表することを望まない当事者も少なくありません。相模原市の知的障害者施設で45人が殺傷された事件では、障害を理由に殺害された19人の犠牲者が今も匿名となっています。

事件を受け、実名を求める声があった一方、匿名に共感する声も寄せられました。

「今回の事件に限らず、亡くなられた方の名前は公表する必要はないと思います(東京都30代女性)」

「この世の中で名前を出せるわけないじゃないですか(埼玉県10代女性)」

「なぜ名前を出せないか、それは『一般のひと』の暴力が怖いからですよね(新潟県50代女性)」

■実名での発信 社会を変える力に

一方、アメリカで、実名で訴えることが社会を変える力になると実感した遺族がいます。都内に住む杉山晴美さん(54)です。

2001年の9月、アメリカで世界貿易センタービルなどに旅客機が激突した、同時多発テロ。銀行員としてビルで働いていた、夫の陽一さん(当時34)を亡くしました。

晴美さんは「当時、毎日見ていたアナウンサーが、その日は、主人の名前を読み上げていて。本当に、夢と現実が区別つかないような気持ちになったことを当時よく覚えています」と当時を振り返っています。

衝撃を受けながらも、夫の名前を伝えられることは当然だと感じたといいます。アメリカで、事件や事故の当事者たちが実名で思いを訴え、社会を動かしていく姿を目の当たりにしていたからです。

「アメリカ人の方たちの印象としては、『だって私たちこんな目にあってるんですよ。こんなことにあってるんだから、こういう気持ちを話すのは、ある種、権利でしょう』ぐらいの感じに、私は見えるんです。それが例えば幼い子どもとかであっても、堂々と主張しているんですよね、子どもでも」

事件を受け、テロへの報復が叫ばれる中、杉山さんは報復を望んでいないことを訴えなくてはと、自身も名前を出して語り始めました。

当時、まだ幼かった次男の力斗さん(19)です。父親の記憶はほとんどありませんが、テロが奪ったものを忘れてほしくないと、父親のこと、遺族であることをありのままに周囲に伝えています。

力斗さんは「本当につらいって感じたのは被害者というか、亡くなったその人自身なんですよね。事実っていうのは、ちゃんと伝えていかないといけないし」と話しています。

今、杉山晴美さんは日本で、苦しみを抱える人に寄り添う「精神対話士」として活動しています。この社会の中で、語れぬ人たちの気持ちもよく分かると感じています。

この日は、原発事故で、福島から避難を続ける人たちのもとを訪れました。震災から8年が経過する中、世間の反応を怖れ、今も苦しんでいることを訴えられない人が少なくないといいます。

杉山さんは、実名であろうと匿名であろうと、苦しみや困難を抱えている人の声を、受け止められる社会であって欲しいと感じています。

「発言ができないっていうのは、やっぱり取り巻く環境ですよね。思いやりに欠けた発言とか、そういう人たちが、また匿名だったりするじゃないですか。どういう思いで、どんなつらいんだろうって想像する。想像しかできないんですけど、そういうふうに思って、われわれ一人一人が社会をつくっていけば、被害者家族としての立場というよりは、周りを取り巻く環境の1人として、強く感じます」。

娘を亡くした葛西さんも、夫を亡くした杉山さんも、二度と同じようなことが繰り返されないようにと、今も自分の経験を語り続けています。

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