障害者殺傷事件から3年 “地域で暮らす” 現場は

  • 2019年7月26日

重い知的障害がある人の家族の中では、本人の意思に沿った暮らしを探る動きが少しずつ全国で広がっています。障害者殺傷事件のあと、障害のある子どもの "地域での暮らし” を模索し始めた人がいます。《渡邊覚人ディレクター》

■そろそろ限界ではないか・・・

京都市に住む黒井久代さん(76)。
30年ほど前に夫を亡くして以来、長女の美志(みゆき)さんと2人で暮らしています。
52歳の美志さんには 重い知的障害やてんかんの発作があり、久代さんが1人で介護をしてきましたが、70歳を超えてから体調を崩すことも増え、いずれは娘を施設に入れようと考えていました。

久代さんは「『もうそろそろ限界と違いますか』『どこか施設に入れたほうがいいんじゃないですか』と周りの人から言われて・・・」と、振り返ります。

そのさなかに起きたのが、障害者殺傷事件でした。

■ “1人暮らし” という選択肢

”娘が望む暮らしとは何か” 、改めて考え始めた久代さん。
事件に関する情報を集める中で、障害のある人の地域での暮らしを紹介する雑誌の記事を見つけました。

『知的障害があろうと、重複障害があろうと、地域で自立生活を送ることができる』

「娘に関してはそういう生活ができるとは全然考えていなかったです。大規模施設に入るだけじゃない、選択肢があるんだ」
“1人暮らし” という選択肢があることに、初めて気づかされたといいます。

■自分の意思で選ぶ “当たり前” が大切な時間

記事を書いたのは、NPO『日本自立生活センター』の渡邉琢さん。京都市内で、障害のあるおよそ40人の1人暮らしを支援しています。

5年前から重い知的障害の人にも対象が広がった『重度訪問介護』。この制度を使って、24時間態勢で介助者が付き添い、本人の意思に沿った生活を実践してきました。

渡邉さんは「難しいとされていた医療的ケアが必要な方や知的障害の方、特に重度の知的障害の方の1人暮らしは結構増えていますね。ささいなことでいいんですよ。例えば毎日買い物に行って、スーパーなどで自分で自分の食材を、食べたい物を選ぶ。ごく当たり前の人々との触れ合いというのが、地域の中であるというのが大きいことじゃないかなと思います」と話しています。

事件後、渡邉さんのもとには、『地域で暮らしたい』という相談が複数寄せられています。

■自立した暮らしを目指す『体験室』

1年前から渡邉さんのもとに通い始めた美志さん。将来を見据えて、毎月2泊3日の『1人暮らし体験』をしているのです。
てんかんの発作がある美志さんには、3人のヘルパーが交代で24時間付き添います。

ヘルパーが「きょう何にしようか?」と話しかけると
美志さんは「何しよう」と応じていました。

自立した暮らしを目指し、まずは、近所のスーパーで買い物。
これまで食事のメニューは母親が考えていましたが、ヘルパーと相談しながら自分で決めていきます。

「メニューは?」と質問すると「まだ・・・」と美志さん。
ヘルパーは「美志さんには、ちゃんと美志さんの中の理由はあるんです」と補足します。

自分が食べたい物を自分の意思で選ぶ、その “当たり前” が美志さんにとっては大切な時間です。

夜は 練習用の『体験室』に帰宅。早速 料理を始めます。
「そうそう上手、上手」
自宅ではあまりしてこなかった料理にも、サポートを受けながら積極的に挑戦します。

1人暮らしの練習を始めて1年。
母の久代さんは、美志さんが前よりも自信をもって意思表示をするようになったと感じています。

「精神的な自立度というのは、すごく変わってきているんじゃないかなと思いますね。 “生意気” になりました。本人のぜいたくというのですかね、ささやかな、ぜいたく。きちんとその願いは願いとして伝えて、かなえさせてもらいながら生きていってほしい」

自立生活を支援するNPOの渡邉琢さんは「重い障害のある人が 当たり前に暮らす場を選び、地域と関わりながら生きていくことは、本人にとっても社会にとっても大切なことだ」と話しています。

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