戦没学生の「音」を紡ぐ 東京芸術大学の取り組み

  • 2019年7月31日

太平洋戦争では、芸術を志す多くの学生たちも戦地に向かい、命を落としました。東京芸術大学は、当時の学生たちが残した楽譜を集め、戦争の記憶を風化させないための取り組みを始めています。
《清有美子記者》

東京芸術大学が開いたコンサートです。戦地で命を落とした学生の作品を知ってもらおうと開かれました。

演奏されているのは、太平洋戦争のさなか、東京芸術大学の前身、東京音楽学校で学んだ草川宏さん(享年23)の作品です。

戦時中、演奏会のあとに友人と過ごす草川さんです。父親は、童謡「夕焼け小焼け」の作曲者という音楽一家。草川さんも作曲を学びましたが、昭和19年に軍隊に入り、翌年、フィリピンで戦死しました。

コンサートを企画した大石泰名誉教授と、非常勤講師の橋本久美子さんです。橋本さんが「少し、種類ごとに分けて入っているんですけれども、ご家族からお借りしているものです」と楽譜を見せてくれました。当時の学生たちが残した音楽作品を集めています。

草川さん自ら書いた楽譜は、草川さんの弟が大切に保管していました。入隊したとき、父親からもらったという手のひらサイズの五線譜も残されていました。

橋本さんは「落ち着いた作曲はできないけれども、ちょっと楽譜に向き合うこともあるかなということでしょうね」と話しています。

軍隊生活を曲にしたものや、点呼のラッパを音符で書き留めたものなど、片ときも音楽を忘れていませんでした。

「ちょっとそれを弾いてみて」
大石名誉教授が促すと、演奏を始めたのは、演奏会でピアノを担当する、田中翔平さんです。

譜面を読み込む中で、戦時中にもかかわらず、草川さんの作品には、穏やかな旋律が多いことに気付きました。

「スケルツォ」という曲。もともとはイタリア語で「冗談」という意味があります。

田中さんは「あんまり軍隊とか行進曲の雰囲気は感じられないと思うんですよね。すごく旋律がきれいで横の流れが強い」と印象を話しています。

大石名誉教授は「戦争中の音楽っていうのは、どうしても『暗いもの』とか、そういうイメージがつきまとうんですが、音楽をするのは自由ですからね。いろいろ、つらいことはたくさんあったと思うけど、そういうのが、必ずしも音楽には出ていないということは感じます」と説明します。

演奏会には、市民や学生の遺族などおよそ160人が集まりました。
その中には草川さんのおい、草川郁さんの姿がありました。会う機会もなく、若くして亡くなった叔父が残した10の作品を今回初めて聞きました。

「これだけいろんな曲を書いていたというのは非常に驚きです。その作品が、公にされたということは非常にすばらしいことだと思っています」

大石名誉教授は「未熟という面も多々あるんです。だけれど、可能性が失われてしまったということがすごく残念っていうか、損失だと思うんですよね。音楽を聴いてもらうことによって、志半ばで戦争で命を落としてしまった戦没学生の気持ちというか、メッセージをくみ取ってもらえればいいなと思います」と訴えています。

東京芸術大学では、草川さんたち当時の学生が残した楽譜を演奏したものを、インターネットのホームページ「声聴館」で公開しています。

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