19のいのち “不寛容”から認め合う社会へ ある女性の思い

  • 2019年12月26日

相模原市の知的障害者施設で19人が殺害されるなどした事件。ある視覚障害者の女性にとって、この事件は不寛容な社会への危機感を覚えるものでした。《茅原毅一朗記者》

■4歳で失明 盲学校卒業後は琴の師範に

琴の演奏家の河相富貴子さん(72)は、4歳の時、緑内障の手術を受けたことで失明。父親の勧めで、6歳の時に琴を始めたといいます。

河相さんは「魅力はやっぱりこの音色ですよね。目からの情報がないので、耳から耳からと思うと、いろんな音が気になって」と話します。

練馬区の自宅でおよそ40年間、1人で暮らしてきた河相さん。買い物などはヘルパーの力を借りますが、料理や洗濯など、ほとんどの家事を1人でこなしています。

河相さんにとって、社会で自立できるように取り組んできたのが、琴でした。盲学校の音楽科を卒業後、師範の免許を取得。都内の和楽器教室で長年、指導してきました。生徒のほとんどは健常者です。琴を通じた関わりの中では、自分の障害を意識しないようになっていたという河相さんにとって、知的障害者施設で起きた殺傷事件は、自分に無関係とは思えないものでした。

■多様性を認めない不寛容な社会への危機感

河相さんは、殺人などの罪に問われている施設の元職員の植松聖被告の「障害者は不幸しかつくらない」などという主張に、複雑な思いを抱えたといいます。

「障害者は障害者なりに一生懸命生きているのに、寝たきりの人だけど、あの障害者も一生懸命生きようとして努力しているのに、なんでそういう悲しいことになってしまうのかなと。悲しいのと、どうしてという半分怒りと、ちょっと言葉にうまく出せないんですけどね」

悲しみや怒りとともに、沸き上がってきたのは、多様性を認めない不寛容な社会が、事件の根底にあるのではないかという危機感でした。

「一生懸命やっていれば、誰かがどこかで見てくれるという意識がずっと私にはあって。自分自身もそうだし、そのほかの障害者の人たちも、みんなと同じように生きようとしている、できるんですと」

■子どもたちと交流 思いやりのある社会のために

障害がある人たちが社会の中で暮らす姿を、多くの人に知ってほしい。河相さんが事件のあと、より力を入れているのが子どもたちとの交流です。地元の小学校への訪問を続け、授業の中で、点字を打つ姿など障害と向き合って生活する姿を伝えてきました。

この日は、授業を受けた子どもたちと、街中のユニバーサルデザインの状況や課題について意見を交わしました。

子どもたちは「お年寄りの方はゆっくりしか歩けず、なかなか通れません。また、視覚障害の方は点字ブロックで歩けても、前に人がいることに気付けず進めません」「そこで自分たちにできることは、白じょうを持った方や車いすの方がいたら、先に譲ったりすることです」と発表しました。

これを受けて河相さんは「いろんなところの、いろんな良いことと、悪いことをとてもよく調べてくれて、『こういう風にしたらいいよ』というところがあったら、意見を出してもらって、いいまちづくりにできたらと思います。よろしくお願いします」と応えました。

参加した子どもたちは「困っている人を手伝ったり、考えたりしていきたい」とか、「みんなが助け合えるような世界になればいいと思います」と話していました。

河相さんは「子どもたちはとっても気持ちが優しいんですよ。いろんなことが言い合えて、お互いのことが考えられて、思いやりのある社会ができたら、みんなと共有していけたら、とてもいいなと、そうなればいいなとすごく思っています」と、子どもたちの小さな取り組みが、多様性を認める社会への一歩になるのではないかと感じています。

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