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憧れのショパンが食べた料理は 林田アナが「音楽家の食卓」を紹介

  • 2020年11月17日

ことしは、ベートーベン生誕250年の記念の年。それに合わせて、ベートーベンやバッハ、ショパンなど偉大なクラシック音楽家の食事を期間限定で再現し、提供しているレストランが東京にあります。私は5歳でピアノを習い始め、大学・大学院時代はショパンの研究に没頭してきた大のクラシック音楽好き。彼らが食べた料理を食べれば、大好きな音楽家のことをさらに深く知ることができるのでは。ワクワクしながら、取材に向かいました。

(首都圏ネットワーク キャスター 林田理沙)

「音楽家の食卓」を再現したレストラン

東京・六本木。繁華街のけん騒から少し離れたオフィスビルの地下一階、エスカレーターで下ると、まるでドイツの街中にたたずんでいるかのような店構えのレストランが現れます。ドイツ料理専門のレストラン「ツム・アインホルン」です。

東京・六本木のドイツ料理店「ツム・アインホルン」

撮影で訪れたこの日、オーナーシェフの野田浩資(ひろし)さん(73)がとても柔和な表情であたたかく出迎えてくださいました。野田さんは、20代でシェフの道を志し、ドイツの有名な老舗ホテルで修業経験がある日本でも指折りのドイツ料理人です。ドイツ料理に関するさまざまな本を執筆している研究家でもあります。

音楽家の「食」を再現した野田シェフ

野田さんは一体なにがきっかけで、クラシック音楽家の料理を再現するようになったのでしょうか。実は野田さんも大のクラシック音楽好き。ドイツ料理や文化の研究のため、毎年のようにヨーロッパを訪れ、いろいろな音楽家の生家やゆかりの地にも足を運んできたといいます。そうした中、野田さんの中で浮かんできた疑問が、「作曲家たちは日々の生活の中で、どんな料理を食べていたのか」ということでした。

野田浩資さん
「例えば、『近代音楽の父』とも言われているバッハが生まれたドイツのアイゼナハという町で、生家で今は博物館になっている所の館長と話してみると、『こういうものを食べていた』『こういう生活をしていた』などさまざまな逸話を教えてくれるんです。人間は足の先から頭の先まで食べ物によって出来ているから、何か食べて曲の構想が浮かんだこともあったのではないか。彼らと同じものを食べたら、音楽家たちのことを身近に感じることができるのではないかと思い、料理を調べていったんです」

現地で取材する野田シェフ

野田シェフの取材メモ

20年にわたって、構想を温めてきたという野田さん。現地に赴いては郷土料理や食材を調べ、音楽家が通ったというレストランを訪ねては、シェフから直接聞き取りをし、料理を味わいました。そして、ドイツ料理人としての知見を生かしてレシピを作り上げ、ことし7月から、バッハ、モーツアルト、ベートーベン、シューベルト、ショパン、ワーグナー、ブラームス、この7人が食べたであろう料理の提供を始めたのです。

バッハの「焼きソーセージ」

バッハの故郷・アイゼナハの名物料理。ケチャップがなかった時代、ソース代わりに炒めたりんごが添えられている。

人気メニューのひとつがベートーベンの「牛肉の蒸し煮」と「じゃがいものタルト」。どちらも出身地のドイツ・ボンで食べられていたとされる料理です。
父が酒飲みの貧しい家庭に育ったベートーベン。当時この地域で安価な食材として普及し始めていたじゃがいもを毎日のように食べていたのでは、と野田さんはいいます。また飲んだくれの父がいる自宅に嫌気がさすと、自宅からすぐのところにある酒場へ行って気を紛らわし、じゃがいものタルトをよく食べていたそうです。

ベートーベンの「牛肉の蒸し煮」と「じゃがいものタルト」

一方、当時の貴族のパーティーでは、「牛肉の蒸し煮」などの豪華な食事が出されていました。名家の子どものピアノ教師を務めていたベートーベンは、パーティーでピアノを弾き、そうした食事を共にしたのでは、と野田さんはいいます。

憧れのショパンが食べた料理、その味は?

私が注文したのは、もちろん大好きなショパンの料理。「ショパン風 魚のポトフ」です。

「ショパン風 魚のポトフ」

うろこが色鮮やかな白身の「イトヨリ」にキャベツや人参、パプリカを使い野菜たっぷり

ショパンは、ポーランドの首都、ワルシャワ近郊の村で生まれました。わずか7歳のころ「ポロネーズ」を作曲し、天才少年として知れ渡ることになりますが、病弱で胃腸が弱く、魚料理を好んで食べていたといいます。パリに出てからもその傾向は変わらず、当時付き合っていた恋人が、花の都パリらしい華やかな料理を作ってくれたのではないかと野田さんは語りました。

子どものころからショパンの作品の魅力にとりつかれ、大学時代には日本での人気の背景について研究し、まさに青春を捧げたと言っても過言ではないほどの私。「ピアノの詩人」とも称されるショパンの美しい旋律がどのように生まれたのか、その一端が感じられるのではないかと、ドキドキしながらいただきました。

「食」から音楽を再発見したい ピアニストの思い

偉大なクラシック音楽家の料理を食べ、自身の音楽活動の糧にしたいという人もいます。国内のみならず、海外でも幅広く演奏活動を行うピアニストの末永匡(ただし)さん(42)です。
第一線で活躍するかたわら、大学でも教えている末永さん。ただ楽譜を追いながら演奏するのではなく、音楽家がどんな感情で作曲し、それを自分の感性でどう受け取るか、常に学生に問いかけながらレッスンを行っています。

レッスンする末永さん

末永匡さん
「作品は、明るかったり暗かったりというだけではなく、不安や恐怖、爆発的な喜び、演奏する迷いなど、さまざまなエッセンスが散りばめられている。楽譜には味覚とか嗅覚とか人生の中で培われてきた感覚というものが投影されていると考えるのが普通だと思う。知識としてだけではなく、味覚として体に取り入れることで、楽譜と自分が近くなり、想像力が広がるのではないかと思う」

おととしには、ベートーベンのピアノ・ソナタのアルバムを発表した末永さん。ベートーベンをより深く感じたいと、この日、野田さんのレストランを訪れ、ベートーベンの「牛肉の蒸し煮」を食べました。

ベートーベンは、20代の終わり頃から持病の難聴が悪化するも、その後、《交響曲第5番》「運命」など、不朽の名作を残しました。末永さんはこれまで、その「深い精神性」を追求してきましたが、新たな感覚でベートーベンと対じしようとしています。

ベートーベンを演奏する末永さん

ベートーベン生誕250年という記念の年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、経済活動のみならず、コンサートをはじめとするさまざまな音楽活動も自粛を余儀なくされました。このような状況下でも、かつて偉大な音楽家たちが食べたであろう料理を通じて、音楽の素晴らしさを伝えていきたいとシェフの野田さんは願っています。

野田浩資さん
「今やっぱりコロナで外出しづらくなっていますよね。音楽家と同じものを食することにおいて、彼らがどんな生活をしていたのか、どんな環境の中で育ち、どういう曲を作ったのか、そんなことまで想像してくれたらうれしいなと思います」


私も、ショパンの優しい味のポトフを味わい、その感覚がすっと体に染み渡ることで、大好きだったショパンのことをさらに身近に感じることができました。これまでも、ショパンがいつ、どのような背景で曲を作ったかといったことを書籍などで知ることはありましたが、料理をいただいてから改めてショパンの曲を聴くと、より音色が彩り豊かなものに感じられますし、「この時のショパンはこんな気持ちだったのかな」と、時をこえてショパンの心の中と少しつながることができた気がします。

私自身、コロナ禍で毎日の生活にいっぱいいっぱいになってしまいがちなのですが、何かに思いをはせることで豊かな時間を過ごすことができると気づかされました。そのような情報を皆さまにお届けしていきたいと気持ちを新たにしました。

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