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抜け落ちた119番通報の内容 豪雨で浸水 男性死亡を検証する

  • 2020年11月2日

去年10月の豪雨。千葉県長南町で軽トラックに乗って冠水した道路に進入した男性が、8時間後に遺体で発見されました。当初、その様子を目撃した付近の住民は119番通報をしたものの、救助に向かう隊員たちに伝えられたのは「トラックが冠水で立ち往生」という情報だけ。「人が乗っている」「水位が深まっている」という情報はなく、切り札のボートを出動させることもありませんでした。なぜ情報が抜け落ちたのか、検証しました。
(千葉局/記者 尾垣和幸)

ある男性の死亡 通報から8時間もたって…

取材のきっかけは1人の男性の死でした。去年10月の豪雨で亡くなった、千葉県長南町の鈴木仁一さん(当時81)です。

鈴木さんは、10月25日の昼前、近くの川の氾濫で冠水した道路に軽トラックで進入して身動きが取れなくなり、亡くなりました。

実はその様子を目撃した付近の住民から、直後に消防に119番通報されていましたが、消防の部隊が鈴木さんの遺体を発見したのはおよそ8時間もたったあとでした。
発見したとき、鈴木さんの体は軽トラックとロープで結ばれていたといいます。鈴木さんはロープで体をしばって流されないようにしたうえで、濁流からなんとか逃れようとしていたとみられます。

通報で伝わっていた現場の詳細

なぜ8時間もの間、救助できなかったのでしょうか。
当時、通報を最初に受けたのは「ちば消防共同指令センター」。情報公開請求によって、切実な内容が明らかになりました。

女性
「うちの前の田んぼが水がいっぱいで。軽トラが入っていってしまって。動けないでいるんですね」
通信指令員
「乗ってるんですかね」
女性
「乗っているんですよ」
通信指令員
「どうしますか。出られそうですか」
女性
「分からないんです。水が深くなっているので、私たちもそこに行けなくて」

現場に伝わったのは1行だけ

「ちば消防共同指令センター」は、この通報内容を、救助を担う地元の消防本部に要約して伝えていました。その内容は1行だけでした。

「道路冠水 ケートラ1台が立ち往生している」

もう一度、整理します。通報時には以下の3つの内容がちば消防共同指令センターに伝わっていました。
(1)軽トラックが浸水した場所で動けなくなっていること
(2)中に人が乗っていること、
(3)水位が上がっていること

しかし、センターから地元の消防本部に伝えられた内容からは、(2)と(3)が抜け落ちていたのです。

“切り札”のボート 出動せず

地元の消防本部は、重要な情報を欠いたまま、3人の隊員を現場に向かわせました。当時残っていたボートは出動させず、消防車だけで駆けつけました。

長生郡市広域市町村圏組合消防本部・保川信晴警防課長
「ボートを出すということは、やはりある程度の水深があると、判断します。しかし、『道路冠水』、『立ち往生している』というキーワードからは、深いという判断はできませんでした」

ボートがないなかで、腰まで水につかって近づこうとしましたが車にはたどり着けませんでした。中に人がいるという情報も明確に伝わっていなかったため、1時間後、「中に人が取り残されているか確証が持てない」と判断して、別の現場に移動したといいます。
鈴木さんは発見されず、状況が放置されてしまったのです。 

使われなかったボート

「合理化」で指令担当の職員半分以下に

なぜ、住民の通報がそのまま現地の消防本部へ伝わらなかったのでしょうか。
実は、千葉県内での通報は、もともと地域の消防がそれぞれ受け付けていました。

ところが7年前、業務の効率化や人員の大幅な削減のため「ちば消防共同指令センター」を設立しました。1か所で県内の9割のエリアを管轄し、20もの消防本部の通報をまとめて受け付けることになったのです。
これに伴い、各地にいたあわせて229人の指令を担当する職員は86人に削減されました。そうした状況で去年10月、千葉県内の広い範囲を襲う豪雨が発生し、通報が殺到しました。

豪雨の起きたあの日の状況を、対応した通信指令員は次のように振り返ります。

通信指令員
「通報が入ると、こちらにベルが鳴るんですけれども、もう、ひっきりなしで。鳴ればすぐ電話を取るんですけれども、間に合わないというような感じでした。取っても取っても鳴るというような」

通報がピークに達した午後3時台には、ふだんの9倍近い190件に。センターでは、指令員を2倍から3倍へと徐々に増やして対応しましたが、多数の通報処理に追われたといいます。

消防「当時の対応に問題なかった」

今回の消防の対応に問題はなかったのでしょうか。
取材に対してちば消防共同指令センターは、「問題はなかった」としています。
その上で「災害時は通報をより多く受理しなくてはならず、1つの事案に時間をかけて、ほかの通報に影響を及ぼさないよう、要約した内容を伝えている」と説明しています。

共同指令センターは全国に47

こうした共同指令センターの設置は今、全国で進み、令和2年4月現在、全国で47か所にまで増えています。総務省消防庁も、「将来的には都道府県で1つの指令センターにすることが望ましい」としています。 
その理由としては、以下のようなメリットをあげます。

・通報内容を一元的に管理するため、消防本部のエリアをまたいで、最も近い部隊を派遣することが可能になる。
・多くの自治体が共同で出資するため、通報場所が自動で地図に表示されるような高機能の指令システムの整備がしやすくなる。
・1か所でまとめて対応することで、指令の人員を削減でき、現場で活動する職員の充実を図ることができる。

専門家「地域の災害が見えにくくなる」

一方、消防の通信指令に詳しい専門家は、共同指令センター化の課題として、地域の災害が見えにくくなる恐れもあることを指摘します。

京都橘大学 北小屋裕専任講師
「ふだんは、合理化された人員でも対応は可能だと思うが、いざ通報が相次ぐと、それに見あった態勢を整えるのは容易ではない。広い地域で災害が発生した場合、規模の大きな自治体からの通報が相対的に多くなるため、小さな自治体の通報は見逃されがちになってしまう。また、自分の出身の消防本部ではないエリアの災害通報も受けるので、現場がどのような状況になっているのか、想像がつきにくくなる。こうしたなかでは、共同指令センターと消防本部との連携を密にすることが大事になってくる」

「コールバック徹底」で対応

同じような事態を繰り返さないためには、どうすればいいのか。大阪の取り組みに、そのヒントがありました。

3つの自治体からの通報を受け付ける大阪・枚方市にある共同指令センター。平成30年9月の台風21号の時、殺到した通報に十分対応しきれなかったことを教訓に、対策を始めていました。それは、「通報へのコールバックの徹底」です。 

画像提供:枚方寝屋川消防組合消防本部

ことし10月に行われた大地震を想定した訓練では、通信指令員のすぐそばに違う部署の職員が待機し、通報を処理していました。そして、指令員が判断に迷ったときにはすぐさま通報者に電話をかけ直して情報を収集。現場の部隊に無線で伝える方法をとっていました。

指令員が通報の受理や伝達に時間をかけられず、判断を誤る「ヒューマンエラー」を前提にしたサポート態勢を整えようというのです。 

枚方寝屋川消防組合消防本部・小椋健 情報指令課長
「人間のやることなので、ヒューマンエラーはあるのですが、それを起こさせない仕組みが必要ではないかなと感じます。この時間帯にこの場所で何が起こったと言う、通報者からの情報は、何物にも代えられない。こうした情報を取りこぼさないように、訓練と仕組み作りを行っていきたいと思います」

消防への信頼に応える態勢を

「すぐに消防が鈴木さんを救助してくれると思った」
私が取材の中で印象に残ったのは、長南町の現場から通報をした女性の言葉でした。

多くの住民は災害時、危険を顧みない懸命の活動で命を救う消防隊員に信頼を寄せているのだと、改めて感じました。こうした住民の声に応えるためにも、共同指令センター化が進む中でも、今回のような事案を「対岸の火事」とせずに全国的に共有し、教訓として活かしてもらいたいと思います。共同指令センター化には、大きなメリットもあります。それだけに「合理化の弊害」に陥らないよう、絶えず改善をはかり態勢を整えていってほしいと感じました。 

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