あこがれの名器 気分はピアニスト

  • 2020年7月30日

新型コロナウイルスの影響でコンサートをはじめ様々な音楽イベントが中止になっています。そうした中、都内のコンサートホールで、プロのピアニストも弾いたピアノを一般の人も存分に楽しめる取り組みが行われています。どんな音色を奏でることができるのか。ピアノが大好きな一人として、体験取材に行ってきました。
(首都圏ネットワーク キャスター 林田理沙)

キャンセル相次ぐ施設を有効活用

訪ねたのは、東京都江戸川区にある「江戸川区総合文化センター」。こちらの施設には、コンサートや舞台などが行える収容人数1500人のホールがあります。しかし、コロナ禍で予定されていたイベントのキャンセルが相次ぎ、予約数はいつもの年の1割以下になってしまいました。

この事態をどう乗り切っていくか、施設の職員たちは連日会議を開きました。「利用がない施設をなんとか有効活用できないか」「こんな時代だからこそ、自分たちにできることがあるのではないか」…。コンサートホールで音楽を楽しむという文化そのものが廃れてしまうのを危惧していた職員たちは、話し合いを重ねるうち、あるアイディアを思いつきました。

それは、施設自慢のコンサート用のピアノを、誰でもホールで存分に弾けるという取り組みです。予約さえすれば、1時間2000円で誰でも楽しむことができます。

弾けるピアノは、 “世界3大ピアノ” のひとつに数えられる、アメリカ・スタインウェイ社のもの。職人がおよそ3年かけて作る名器で、最高級のものは2000万円以上するということです。江戸川区では総合文化センターのコンサートホールを「地域を代表する施設にしたい」と、平成元年にこのピアノを購入。一般の人では、なかなか弾く機会がないんです。

慌てて練習 選んだ曲は

大学でショパンの研究をしていたほどピアノが大好きな私。もともと音楽の魅力を伝えたいと思い、アナウンサーという仕事を志しました。今回の取り組みを聞いて、実際に体験し、ピアノの音色のすばらしさを伝えられたらと考えました。

ただ、コンサートホールでピアノを弾くなんて10年ぶりのこと。さらに社会人になって、なかなか弾く機会がなかったこともあり、慌てて練習し準備を整えました。

何を弾こうか、直前まで悩みました。このピアノの魅力は、高音は澄み切った音、低音はおなかの底から響くような豊かな音。そう考えた私は、幅広い音域を繊細に奏でる、ドビュッシーの「アラベスク第1番」を選びました。

ホールに響くピアノの音に浸って夢中になって演奏してしまいました。誰もいないホールで独り占めさせてもらえるとは…なんてぜいたくな体験だろうと思わずにはいられませんでした。

演奏に込めたそれぞれの思い

今回の取り組み、6月に予約を開始すると大きな反響があり、すでに、募集していた8月末までの枠がすべて埋まったということです。
応募した人たちは、さまざまな思いを抱きながらピアノを弾きに来ていました。

江戸川区に住む矢ヶ崎博伸さん(65)。11年前に妻を亡くし、現在は一人暮らしです。亡くなった妻は、矢ヶ崎さんが弾くゆったりとした曲が好きだったといいます。今回は妻が好きそうな「花は咲く」を選び、しっとりと奏でていました。

演奏を終えた矢ヶ崎さんは、「コロナで不安な毎日ですが、ピアノを弾いている時は、楽しいから忘れられます。妻が生きていた時には、よく家で弾いていて、うるさいなどと言われることもありましたが、いま思えばその記憶も大切な思い出の1つです。たぶん、妻も聴いてくれたと思います」と話していました。

中学1年生の菅谷凛さんは多くのピアノコンクールで入賞をするほどの腕前。しかし、ことし予定していたピアノ発表会は次々と中止になり、今まで練習を重ねてきた曲を披露する場所がなくなってしまったといいます。そこで今回、凛さんは家族に自分の演奏を披露しようと考えました。
披露したのはショパンのエチュード・作品10-5「黒鍵」など3曲。見ることができないと思っていたホールでの堂々たる演奏に、家族3人が聴き入っていました。

凛さんの “ソロコンサート” が終わると、ホール全体には家族3人の大きな拍手が響いていました。凛さんは、「いつもと違う雰囲気で緊張しましたが、家族に聴いてもらえよかったです。家だとこんな広いところで弾けないので、気持ちよかった」と話していました。父・徹也さんと母・由香さんは、「ぜいたくな空間でのびのび弾いていてよかったと思います。こんな経験はなかなかできることではないので、この思い出を大切にしたいです」と喜んでいました。

8月末までに186組が、この夢の舞台を体験することになっています。あまりの人気に募集期間をさらに延長してほしいという声も寄せられているということです。
企画した一人、江戸川区総合文化センターの石川千尋さんは「この取り組みが、新型コロナで落ち込んだ気持ちの人たちを元気づけることにもつながれば何よりです」と話していました。

取材を終えて…

このコロナ禍で日々ニュースを伝える中、音楽が役に立てることはあるのかと無力感を抱くこともありました。けれど、今回の取材でピアノを生き生きと弾くみなさんの表情を見て、やっぱり音楽は「心を満たしてくれる」「人を笑顔にしてくれる力がある」と感じさせられました。そして1台のピアノを通じて、「音楽を奏でる喜びで、人と人とがつながっている」という感覚を覚えました。

人との関わりをなかなか持ちづらい毎日ですが、そんな今だからこそ、このような温かみを感じられる情報をお伝えしていければと思います。

※ほかにも、私の大好きなショパンを2曲弾きました。つい熱く語りすぎた感想もあわせてご覧ください。

  • 林田 理沙

    「首都圏ネットワーク」キャスター

    林田 理沙

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