ハワイの伝統的な踊り「フラ」。子どもから高齢の方までできる習い事としても人気ですが、ある特別な思いをもってフラに取り組んでいる女性たちがいます。《小村弥生リポーター》
■乳がん経験者だけのフラグループ

11月中旬、埼玉県で開かれた地域のイベント。地元のフラ教室が出演。その中に、ある共通点をもつ女性たちのグループがいました。乳がんの経験者たちだけで踊る“キャンサーフラ”です。これまで治療を受けながら月1回のレッスンに励んできました。
参加者は30代から50代までの10人ほどです。2年前に始まり、口コミで少しずつ増えてきました。ほとんどの人が、この教室でフラを始めた初心者です。

教室の主催者・草野朋子さん
「フラを踊ることで、スカートはいて、ステージだときれいな衣装を着て踊るんですけど、女性としての自信も取り戻すことができるので、明るくしたいっていう気持ちが一番ですね。踊ることで気持ちを明るくしたい」
そう語る草野さん自身も、実は乳がんの経験者です。
■夫婦で起業 直後にわかった乳がん
草野さんは、ふだん防災設備の会社の社長として働いています。

夫の肇さんが副社長。夫婦で11年前に立ち上げました。
乳がんとわかったのは会社を設立したばかりのころでした。当時は、家庭でも2人の子どもの進学と就職を迎え、忙しい時期でした。手術、そして1年間におよぶ抗がん剤治療。草野さんはそのときの心境をブログに記しています。
“私、いつまで生きられるのかな。そんなことを考え出したら、不安で不安でたまらなくなりました。”

「一番つらいのは吐き気。寒気がすごくして、頭痛とか、ちょうどその頃、髪が抜け始めて。エアコンの風が当たったら、ハラハラ髪の毛が抜けていくんですよ。そのときのショックは本当に忘れられないです」
■フラとの出会い 心境が一変
出口の見えない治療の日々。そんなとき、同じ病室の女性が見せてくれたある写真に、大きく心を動かされます。それは、女性が以前習っていたフラの発表会の写真でした。
草野さん
「『私元気になれたらまたフラをやるの』っておっしゃっていて。そこに映っている人たちがすごく輝いて見えて、自分は今病院で髪も抜けちゃって、もうどん底の状態で、もし元気になれたらフラっていうものをやってみたいな」
退院後すぐにフラを習い始めた草野さん。踊っている間はつらい治療の事も忘れられ、明るい気持ちを取り戻すことができました。

「息をするのも忘れるくらい楽しかったです乳がんで失った物もあって、つらい思いをして、こんな世界があるんだって思って」
夫の肇さんも、当時の草野さんの変化を感じていました。
「ものすごく前向きになったような感じがしますよね。目標というか目的があるので、楽しいじゃないですかやっぱり。まさかこんなにのめりこむとは思っていなかったんですけど」
肇さんは、フラ一色になった草野さんを陰から支えてきました。
■フラの楽しさを伝えたい

新たな人生の目標を見つけた草野さん。自分を救ってくれたフラを多くの人に伝えるため指導者になることを決意しました。
「フラをやることで心がすごく元気になったので。指導者になって、キャンサーさんにも広めるのが、フラの神様に恩返しすることかなって」
2年前、念願だった乳がん経験者のためのクラスをスタート。楽しむことを第一に、レッスンを行っています。実は、草野さんには、乳がん経験者にフラをお勧めしたいもう一つの理由があります。

「フラは心臓より上に手を挙げることが多いので、それがすごくリハビリになるということで」
フラ特有の手を挙げる動きが手術の後遺症である手や腕のむくみを軽減します。草野さんは、がんの宣告を受けてから今年で10年。明るく前向きな姿は生徒たちの目標になっています。
生徒
「10年間、あんなにパワフルで、前に進んでこられた方が近くにいるので、私たちのすごい励みになっています」
■レッスンではお互いのことを話す時間も

去年(2018年)からこの教室に通い始めた千春さん。3年前に乳がんだとわかり、現在も治療をしています。ネットで草野さんの活動を知り、少しでも気分転換になればと入会しました。
千春さん
「フラを始める前は、気持ちが沈んでしまって。もう前に進めなかったんですけど、自分の中で壁を作ってしまって」
レッスンではお互いのことを話す時間も作っています。この日は、治療の副作用の話になりました。

千春さん「手が強ばって、朝起きるとこうなっていて痛くて手が動かない」
参加者「膝の曲げ伸ばしがつらいです。朝起きるときに、勢いつけなきゃ起きられない」
千春さん
「ここでみんな同じ病気の人に会えて、フっと肩の力が抜けたような。1か月に1回ですけど、ここで皆さんに会うのがとても楽しみです」

この日、ステージに立った、千春さん。初めは人前で踊ることにためらいがありましたが、今は見る人に笑顔になってほしいと、思いをこめて踊っています。
千春さん
「緊張しましたけど、楽しかったです。気持ちよく踊れました」
草野さん
「乳がんになった人が、明るい気持ちで生きていけるように、がんになっても、こんなに元気になれるんですよってアピールをしていきたいと思っています。みんなと一緒に」