MIRAIMAGINE

Menuメニュー
Clip

メニューを開きます

MIRAIMAGINE

Menuメニュー
Clip

メニューを開きます

日航機事故30年 父の遺志を継いだ遺児

クリップ
ページを保存しました。画面右上から保存したページを一覧でみれます。
特集
日航機事故
特報首都圏
群馬
2015年7月24日

■機長の父の遺志を継ぎ、客室乗務員になった娘

墜落から2週間後、報道陣の前に姿を表した、機長の妻・髙濵淑子さんと長女の洋子さんです。

乗客の命を救えなかった機長の家族として、厳しい視線にさらされました。

あれから30年。
長女の洋子さんは、日本航空の客室乗務員として働いています。
当時高校生だった洋子さん。
事故後、選んだのは、父と同じ「空の仕事」でした。

「父が事故に遭い、とても無念であったであろう最期を思うと、その遺志を空で引き継いでいきたいという思いでCA(客室乗務員)になりました」。

■遺族の目を避け夜中の安置所で捜した父の遺体

洋子さんは、父の写真を、初フライトからずっとお守りとして身につけています。

123便の機長だった父、雅己(まさみ)さん。
飛行経験が豊富で、パイロットを育成する教官も務めていました。

事故直後から、機長だった父に対する厳しい声が上がりました。

洋子さんは、父の遺体を、深夜の安置所で人目を忍ぶように探さなければなりませんでした。

「ご遺族の方がいらっしゃらない夜中に体育館に行って、遺体の確認、遺体を捜して、何日も過ごしてまいりました。
ひつぎがたくさんある中、そのひつぎから父を捜したい一心で、一生懸命捜しましたが、とても難しかったです」。

■事故の15年後に公になったボイスレコーダーの音声

客室乗務員として働き始めたものの、事故機の機長の娘という立場に負い目を感じ続けていました。

事故から15年後。それを変えるきっかけが訪れます。

ボイスレコーダーの音声が公になったのです。

「山にぶつかるぞ。ライトターン(右旋回)」
「マックパワー(出力最大)」「マックパワー」

コントロールが効かなくなった機体と格闘し、最後まで乗客の命を守ろうとした父の姿がそこにありました。

「がんばれ」
「はい」
「がんばれ、がんばれ」
「パワー」
「フラップアップ、フラップアップ、フラップアップ」
「パワー」
「パワー」
「フラップ」
「上げてます」
「ストール(失速)するぞ」
「あたま(機首)上げろ」

「父の最後の、本当に最後の仕事の記録だと思っております。
 あのボイスレコーダーは、父の頑張った証しであり、また、父が残してくれた、私たち空の安全を守る者、全員へのメッセージも含まれていると思います」。

■決して二度と事故を起こさないことを使命に

洋子さんはいま、事故を知らない若いスタッフに、安全を守る責任の重さを伝えています。

「私が(日本航空に)いることにより、事故を風化してほしくない、させてはならないという思いが一番強いです。
決して二度と事故を起こさないこと、あのような深い大変な悲しみを負う人がでないこと、それを思い続けて乗務することが使命だと思っております」。

関連のページ

首都圏NEWS WEB 関連記事

人気のページ

Twitter公式アカウントで更新情報をチェック

@nhk_shutoken

別ウィンドウで開く

※NHKサイトを離れます