1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. ひるまえほっと
  4. 谷川俊太郎「虚空へ」など5冊を紹介 中江有里のブックレビュー

谷川俊太郎「虚空へ」など5冊を紹介 中江有里のブックレビュー

  • 2021年11月8日

中江有里さんがおすすめの本を紹介するブックレビュー。11月8日の放送では以下の5冊を紹介しました。
・谷川俊太郎『虚空へ』
・渡辺 優『アヤとあや』
・岸 政彦『東京の生活史』
・古内 一絵『二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ』
・ヨシタケシンスケ『あんなに あんなに』

中江さん
「本をひとつの『フィルター』として見ると、近い過去も遠い過去も『時代』としてとらえることができます。私たちはみんな、同じ時代を生きている!そんな5冊をご紹介します」

【番組で紹介した本】

『虚空へ』
著者:谷川 俊太郎
出版社:新潮社

Yuri’s Point
谷川俊太郎さんの最新詩集。デビュー以来第一線に立つ詩人の新境地。少ない言葉で詩を書く、という試みで、「ソネット」と呼ばれる14行からなる詩が88編収められている。あとがきには、「今の夥(おびただ)しい言葉の氾濫に対して、小さくてもいいから詩の杭を打ちたい」ある。短い言葉ゆえに、読む人の解釈、感じ方は変わると思うが、開いたそのページの言葉に自然と集中してしまう。谷川さんのつづる「私」という一人称が自分と重なっていき、詠み人が薄れていく感覚がある。タイトルにある「虚空」へ意識を投げ出し、漂うような読書体験になった。

 

『アヤとあや』
著者:渡辺 優
出版社:小学館

Yuri’s Point
11歳の少女が主人公。目では見えない内面の成長過程を写し出した小説。「自分は神秘的で特別な存在」と考えている主人公の亜耶は、11歳の誕生日を迎えて、段々とその神秘性が損なわれている、と不安になっていく。子どもとも言えず、大人でもない、彼女の感性は刃物のように鋭く、視線はひとの内面をえぐっていく。
「誰かに特別だと思われたい」という願望は、おそらく誰もが覚えたことがあるのではないだろうか。でもそのためにどこかで無理をしている亜耶の姿に胸が詰まった。

 

『東京の生活史』
編者:岸 政彦
出版社:筑摩書房

Yuri’s Point
東京に来た人や出ていった人150人に、150人が聞き取りを行った“生活史”。通常のインタビューは“聞き取りたいテーマありき”という場合が多いが、この本では、語り手が語ることを、ただ聞き手がそっと聞いているスタイル。例えるなら、偶然どこかの飲食店のカウンター席で隣り合った人がなんとなく語りだした人生を、ただ聞いているような感じ。その一人一人の人生が大変興味深い。聞き手からの決まった質問はなく、話をまとめるようなしないところが、語り手の人生のリアルを伝えていると思う。聞き手はいわば“黒子”の存在だが、相槌、さらに話を引き出すという術も必要。互いの口調もそのままに収録していて、その生々しさ、人間臭さが魅力的。

 

『二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ』
著者:古内 一絵
出版社:東京創元社

平成から令和に移り変わる時代、老舗の映画会社が舞台の物語。20代~50代の様々な世代が集まる組織の中で、自分は何がしたいのか、どう働きたいのか…登場人物それぞれの視点で思い悩む。

Yuri’s Point
古内さんは映画会社の出身。「もしかしてこの登場人物は、ご本人がモチーフなのでは?」と思わせる表現もラストに出てくる。コロナ禍前から日本は激動の中にあったんだなと改めて思った。華やかでありながら、暗い影を感じていたあの時代を、うまく捉えている作品だと思う。
「星の悠久の時間に比べれば、一瞬に過ぎない束の間の時間を、私たちは共に駆けている。」(本文より)
今の時代を、20代で迎えている人も、30,40,50代で迎えている人もいる。それぞれ積み上げてきた経験、考えがいまの時代を作っている。90年代を振り返るシーンが何度も登場するが、未来に立って、今の時代を「あの時代は」と振り返った時にどんな印象を持つだろうか。そんな「今の時代」を、ギュッと閉じ込めた一冊。

 

『あんなに あんなに』
著者:ヨシタケシンスケ
出版社:ポプラ社

人気の絵本作家・ヨシタケシンスケさんによる、心温まる絵本。子育ては、「あんなにほしがっていたのに」「あんなにしんぱいしたのに」「あんなに小さかったのに」の連続。日常にあふれるたくさんの「あんなに」の中で、成長する子供と、子を思う親の思いが描かれている。

Yuri’s Point

生活のちょっとした「あんなに」から、はるか前を思い出しながらしみじみ感じる「あんなに」まで、日々感じる「あんなに」が沢山描かれているのがおもしろい。自分の小さなころを思い出した人もいるだろうし、自分の子どもを思う人も、孫を思う人もいるだろう。子供だけでなく大人にもぜひ手に取ってもらいたい。

「言葉のないページに表現された時間の経過」

左は、成長した息子が孫を連れて里帰りしてきたときの、お母さん。孫を抱っこしながら、昔息子を抱っこした母の気持ちを思い出す、というのを、イラストだけで表現している。
子どもは、大きくなるともう小さくならない。小さくかわいいときはあっという間だけど、大きくなっても変わらずかわいい存在なんだろうなぁと改めて思う。
自分がどの時代にいても、思うところがあると思う。昔こうだったな、とか、将来こうなるんだな、とか。家族とどんなに大喧嘩をしてもしばらく経ったらテレビを見て笑っているというような、日常の積み重ねが愛おしい。


【案内人】
☆女優・作家・歌手 中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
数多くのTVドラマ、映画に出演。02年「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞受賞。NHK-BS『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか!』ヒロイン、映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演。
近著に『残りものには、過去がある』(新潮社)、『トランスファー』(中央公論新社)、初めての翻訳絵本『みんなスーパーヒーロー』(平凡社)、『万葉と沙羅』(文藝春秋)など。
文化庁文化審議会委員。2019年より歌手活動再開。

ページトップに戻る