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中江有里のブックレビュー テーマは“他者を知る”

  • 2021年9月6日

恋愛、浮気、老い、コロナ禍の悩み…新聞に寄せられた人生相談をまとめた一冊。アトピー性皮膚炎に悩む主人公がけなげに生きる姿を描いた小説。発達障害と診断された大学教授による当事者研究。父の足跡を訪ねて東京の坂をめぐるお散歩小説。看護の現象学の第一人者が論じる、よりよいケアのあり方。
他者を知って、自分を知る。いま必要な“人との関わり方”を考える5冊です。

【番組で紹介した本】

『辛口サイショーの人生案内DX』
著者:最相葉月
出版社:ミシマ社

Yuri’s Point
新聞での人生案内をまとめた一冊。
恋愛、浮気、不倫などの相談から老いと介護、コロナ禍における悩みまでかなり幅広く、普遍的な内容。
新聞の悩み相談は基本的に字数が決まっているので、相談する側も、深い悩みを文字数に収める時、絶対に落とせない言葉を選んでいる。
最相さんはその内容から、相談者が何を悩み、どんな答えを求めているかを読み取っていく。
新聞の人生相談は大勢の方に見守られながら、相談者と回答者が格闘しているようで、その真剣勝負は非常に緊張感があり、ある種のユーモア、文学性も感じられて興味深い。

 

『象の皮膚』
著者:佐藤厚志
出版社:新潮社

Yuri’s Point
幼いころからアトピー性皮膚炎に悩まされ、周囲からもその辛さを理解されないままだった女性が主人公の小説。
職場の書店ではクレームが多い厄介な客を相手にすることも。彼女のアトピーの体質は彼女のせいではないのに、家族にすら疎ましがられたり、ストレスでかゆみが止まらなくなったり、日常生活を送ることも困難な時がある。
でも彼女は投げ出さないで、生きづらい日々を生きる術を、自分なりに編み出し、非常にけなげ。
ラストにあるのは、見た目や体質の差別、偏見、非正規雇用、いうなれば、社会的弱者ともいえる彼女のレジスタンス(抵抗・反抗)ではないか。

 

『みんな水の中』
著者:横道誠
出版社:医学書院

Yuri’s Point
ASD(自閉症スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)と診断された大学教授の著者による当事者研究。同じ障害のある仲間や作家や文筆家などが書いた文章から、「当事者が水の中にいるような感覚を覚えている」と読み解いている。
当事者でなければわからない感覚には共通項があることや、その感覚を理解していくことでコミュニケーションをスムーズに行えるヒントが得られて、興味深い。
たとえば村上龍作品における「耳鳴り」描写を、著者は共感していることを知ると、これまでとは違う読み解きにもなる。
自作の詩や小説、論文という構成になっていて、3冊分読んだような感覚。

 

『東京のぼる坂くだる坂』
著者:ほしおさなえ
出版社:筑摩書房

東京の坂をめぐる、お散歩小説。母と幼いわたしをおいて家を出ていった父は、坂のある場所ばかり転居を繰り返していた。そんな父が亡くなり、その足跡をたどり始めたわたしが感じた、人生模様とは。

Yuri’s Point
「東京の坂で、のぼり坂とくだり坂、どっちが多いか。」
これは、父が幼き日の主人公に出したなぞなぞ。
どんな坂でも、のぼりでもあるし、くだりでもある。だから坂の数は同じ。
しかし、父の人生に照らし合わせながら坂をめぐるうちに、このなぞなぞの意味が深まっていく。
人生は決して逆戻りはできないが、過去を振り返ることが時に、心を癒してくれる。
坂道歩きは主人公にとって、父を知ると同時に、自分の心を知るきっかけになったと思う。

 

『ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと』
著者:村上靖彦
出版社:中公新書

看護の現象学の第一人者が、ケアを受ける人はもちろん、医療従事者、ソーシャルワーカーなどへの聞き取りを通じて、より良いケアのあり方をつづった哲学書です。アフターコロナの課題についても、論じています。

Yuri’s Point
目の前の人が必要としているときにはケアする人になるし、いつか私も誰かのケアに頼ることになるだろう。
そのときに、ケアするのは単に体の面倒をみたりといった表面的なことだけではなく、心にも寄り添うということ。著者の村上さんは、さまざまな文献や、看護師や介護士などの聞き取りから、「ケア」とは何か、体と心の両面からアプローチしている。
そしてコロナ禍のいま、現状に即した「他者とのつながり方」を模索する時期なのかもしれない。そのことを最後に提言してくれている気がする。


【案内人】
☆女優・作家・歌手 中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
2002年『納豆ウドン』で第23回BKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。
読書家としても知られ、NHK-BS「週刊ブックレビュー」で長年、司会を務めた。
近著に小説『残りものには、過去がある』(新潮社)、『トランスファー』(中央公論新社)など。2019年より歌手活動を再開。

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