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中江有里のブックレビュー “人間っておもしろい”

  • 2021年6月14日

今年107歳で亡くなった美術家・篠田桃紅の、人生をかけて貫いた美学。今年70歳になる音楽プロデューサー松任谷正隆の、意地を張らずに生きるヒント。介護する人、される人、人々の悲喜こもごもの物語。落語家である著者自らの体験をもとにつづる、笑いと涙の人情物語。昭和から平成に移り変わる時代をみずみずしい言葉でとらえた歌人、穂村弘31年前のデビュー作が新装丁でよみがえる。人間の魅力やぬくもりに触れられる5冊を紹介します。

【番組で紹介した本】

『おじさんはどう生きるか』
著者:松任谷正隆
出版社:中央公論新社

Yuri’s Point
松任谷由実さん(ユーミン)の音楽プロデューサーとしても知られる松任谷正隆さんのエッセイ。70歳を迎える松任谷さんのこだわりや自分のマナーが軽妙に描かれていて軽く読み始めたが、年を重ねてもこんなに落ち込んだり、嘆いたりするのかと驚く。自虐的でオープンな内容に共感を覚える方もいるのでは。帯に「意地を張らずに生きるヒント」とあり、秀逸。
ラストに私と同世代のジェーン・スーさんとの対談が収録されている。松任谷さんがたじたじになっている様子が浮かび、「おじさんはどうしてずれてしまうのか」と悩む松任谷さんに、ジェーン・スーさんが「男女の見えている世界の違い」について伝え、それにうなずく対談がいい。

 

『老婦人マリアンヌ鈴木の部屋』
著者:荻野アンナ
出版社:朝日新聞出版

Yuri’s Point
マリアンヌ鈴木という老婦人を中心に、介護する人、される人、介護で儲ける人など、人々の悲喜こもごもの物語。
宝石にハマったり、見た目のいい異性を手放したくなかったり。老いて欲を失うのではなく、はっきりと欲があらわれてくる姿が人間らしくて笑ってしまう。
介護の現実についても赤裸々に描かれている。非常にアクティブな介護小説。

 

『これでおしまい』
著者:篠田桃紅
出版社:講談社

Yuri’s Point
今年3月に107歳で亡くなった世界的美術家、篠田桃紅さん自身の言葉と評伝。これまで多くのエッセイを執筆し多くの女性に勇気を与えてきたが、亡くなる直前に「これでおしまい」と、人生を振り返った。「孤独」「自由」「生きるということ」など、107歳まで貫いた人生の美学と言葉は、胸にささる。
年を取ることが決してマイナスではない。年を取って初めて得られる喜びがある、という言葉が心強い。

 

『花は咲けども 噺(はな)せども』
編者:立川談慶
出版社:PHP文芸文庫

現役落語家が自らの体験を元に綴る、笑と涙の人情物語=小説。
主人公は、「立川談志」に憧れて落語家になった「山水亭錦之助」。勤めていた会社を辞め、7年にも及ぶ前座修業ののち、なんとか二つ目に。いまだ苦労の日々が続く中で気づいた、大切なこととは。

Yuri’s Point
本人が落語家だからこそ描ける世界
現役の落語家だからこそ書ける小説。自身の経験がもとになっているが、エッセイではなく小説=フィクションにしている。自分の話を書くときに、ノンフィクションだと現実に縛られてしまうが、小説には自由があるからこそ、伝えたいメッセージを書ける。一方で、ご本人が落語家だからこそ、演目についてや、高座にあがったときの落語家目線の描写などにリアリティがあるのが魅力。
一見、意味がないと思ったり、辛い経験や失敗だったりしても、すべて自分の糧になる。
自分がしくじった経験をどう回収するのか、それは自分次第。どんな仕事をしていても当てはまると思う。

 

『シンジケート[新装版]』
著者:穂村 弘
出版社:講談社

現代短歌を代表する歌人、穂村弘が31年前に自費出版したデビュー歌集が、新装版でよみがえる!
昭和から平成に移り変わる時代をみずみずしい言葉でとらえた237首です。

Yuri’s Point
今読んでもみずみずしい、口語体の短歌。
これが短歌?と思うような言葉選びがとても美しい。
個人的には、穂村さんはエッセイでご自身のことを書いていて、とても人間臭くて滑稽で面白い人、というイメージがあった。そんな穂村さんならではのユーモアあふれる歌もあり、くすっと笑ってしまう。

“ジャケ買い” でもOK!
表紙がすてきなのはもちろん、本の中にかわいいキャンディーの包み紙のようなものが紛れ込んでいる!
穂村さんが31年前に自費出版するときに、装丁の希望を、ご自身が集めていたかわいいお菓子の包み紙を見せながら伝えた、というエピソードを、今回こういうアイデアで表現したそう。
表紙や装丁の美しさ、ちょっとした仕掛けも、本を手に取るきっかけになると思う。
若い人が、自分が生まれる前に発表された本を「かっこいい」と手に取ったのがきっかけで読んでくれたら素敵。


【案内人】
☆女優・作家・歌手 中江有里さん

1973年大阪生まれ。1989年芸能界デビュー。
2002年『納豆ウドン』で第23回BKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。
読書家としても知られ、NHK-BS「週刊ブックレビュー」で長年、司会を務めた。
近著に小説『残りものには、過去がある』(新潮社)、『トランスファー』(中央公論新社)など。2019年より歌手活動を再開。

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