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この木が、津波から命を守ってくれた

  • 2023年9月5日

千葉県館山市の住宅街には、地区を繰り返し襲った津波から人々を守ったと伝わるある大木があります。「サイカチ」というマメ科の木で樹齢1000年以上。2019年の台風15号により倒れてしまいましたが、災害の記憶を伝える伝承の木として、大切に守られています。伝承の木をどのように保存し、教訓を次世代に伝えていくのか。関東大震災から100年となることし、地元で取り組む人たちを追いました。

(千葉放送局記者 坂本譲)

津波から人々を救った「サイカチ」の木

千葉県館山市の海岸から1キロほど離れた住宅街にある1本の大木。高さ約8メートル、幹の直径は約4メートルで樹齢1000年以上と言われています。

マメ科の「サイカチ」の木で、4年前、2019年の台風15号の暴風で倒れ、今もそのままの状態で保存されています。なぜ倒れたまま保存されているのか。それは、この木には300年余り前の元禄関東地震で館山市にも津波が押し寄せた際、人々が木に登り津波から逃れて助かったという言い伝えがあるからです。

「館山市の沿革誌編輯に資する参考書」(著 髙山恒三郎)

100年前の1923年に起きた関東大震災でも、館山市に津波が押し寄せましたが、この木よりも内陸に逃げなければいけないという伝承などによって、地区の人たちが避難し、津波の犠牲者は出なかったとされています。

関東大震災による館山市の津波被害(画像提供:館山市立博物館 撮影:田中鯉二氏)

倒れたことで市の天然記念物の指定が解除に

かつては2本あった「サイカチ」の木。2本のうちの1本は関東大震災の際に倒れたとされています。残る1本は津波の教訓を伝えるシンボルとして、2014年には館山市の天然記念物に指定されました。しかし、2019年の台風15号で根元から倒れたため指定が解除されました。

倒れる前のサイカチの木(2017年)

地元では木を保存したいという要望もあり、今も倒れたまま保存されていますが、津波の教訓の継承が課題となっています。

台風により倒れたサイカチの木(2019年)

木の保全と伝承に取り組む樹木医

木の教訓を後世に残したい。樹木医の斉藤陽子さんは10年余り、腐食を防ぐ治療を行うともに、木の見学会を開くなどして、木にまつわる津波の教訓を伝える取り組みを行ってきました。

サイカチの木について説明する斉藤さん(2011年)

倒れた木を残すにはどうすれば良いか。斉藤さんは根が露出している部分を土のうで埋めて乾燥を防ぐとともに、養分や水を吸い上げられるよう、根の付近の土壌を耕すなどの対策をしてきました。こうした取り組みにより、木は枝葉を広げ、新しい根も生えてきたといいます。

乾燥対策としてすき間に詰められた土のう

ただ、倒木であるためいずれは枯れてしまうかもしれない。斉藤さんは、伝承の木を絶やさぬよう、後継樹の育成にも取り組むことにしました。挿し木など3年間の試行錯誤の末、別の苗木に倒れた木の枝を接ぎ木して、発芽させることに成功。この地で1000年以上生き続けた木の遺伝子を継いだ新しい木を、ことし4月、倒れた木のすぐそばに植えました

斉藤陽子さん

樹木医として、今後も地域の大事な木を守る役割を果たしていきたい。木のためにできる限りのことをして、命をつなぎたいと考えています。そして、この地域に、伝承の木があったことを、後に続く人たちにも伝えていきたいと思います。

「歌」で伝承しようとする人も

「サイカチ」の木にまつわる津波の教訓を別の形で伝えようとする人もいます。
地元の作詞家、並木幹夫さんは、木の歴史や倒れてもなお新芽が出るなど、木の生命力の強さに感銘を受け、この木をテーマにした合唱用の歌詞を制作しました。

並木さんが作詞した歌詞

この歌詞には、倒れても生きようとする、木の強い生命力がキーワードとなっていて、「無言の教え」「次代に引き継ぐ語り部たち」という言葉に、教訓の継承の意味が込められています。

並木幹夫さん

木そのものが生きる道を模索している姿から、命の尊さを教えてくれているような気がしました。地域の歴史や、災害に対する意識を持ってほしいということもあり、絶え間なく次の世代に、この木の逸話を伝えたいという気持ちを込めて歌詞を作りました。

並木さんは、歌詞に合わせた作曲を音楽家に依頼しました。ことし11月に音楽会を開いて歌を披露し、木の教訓を多くの人に伝えようとしています。

並木幹夫さん

歌によってサイカチの木を広く市民に知ってもらい、行ってみたいなと感じてもらえたら嬉しいです。伝承の1パーツとして、この歌をなるべく多くの方に知ってもらい、末永く、市民の歌として歌い継がれてほしいと思います。

教訓をどのように継承するか?

関東大震災から100年となった日の翌日。今回の取材をきっかけに、斉藤さんや並木さんなど、これまで木の伝承に取り組んできた人たちが5年ぶりに「サイカチ」の木に集まり、今後この木の保存や伝承をどのようにしていくべきか、話し合いが行われました。

保存に取り組む
牧野昭雄さん

倒れた木がとにかく、長持ちしてほしいと思っています。枝もまだ伸びてますし。

斉藤陽子さん

新しく生えてきた根から養分を吸って、牧野さんのおっしゃるとおり、倒れた木はまだ生きようとしてます。保護を続けていけば、寿命を延ばす事ができると思います。

並木幹夫さん

芽の出る時期、花の咲く時期などを全部記録して、年々育っているという証拠を残していきたいですね。

話し合いの結果、倒れた木の保護を続け、津波の伝承のシンボルとして、再び、市の天然記念物の指定を目指していくことになりました。

ただ、子や孫さらにその先の世代にも教訓を語り継ぐためには、どのように取り組むべきなのか。斉藤さんは樹木医として、将来を見据える必要があると話しました。

斉藤陽子さん

倒木ですから寿命はあると思います。私は古い木と新しい木の2段構えで継承を考えるべきだと思います。伝承の本体として倒木を残し、もしものことがあった時にも新しい木があることで、次の世代につないでくれる。伝承とは不確かなものですが、これが津波の伝承の木ですよと示すことができれば、より津波の教訓が伝わる気がするんです。

並木幹夫さん

小学生とか中学生とか若い世代にも、ぜひ来てもらって、この木の歴史に親しんでもらう方策を考えたいと思いますね。今もこの木は盛んに生きようとしています。

後継樹の育成を進めるとともに、より多くの人に木にまつわる教訓を伝えていこうと、メンバーたちは決意を新たにしました。この日、早速、地元の住民を招いて、木の見学会が行われました。斉藤さんたちは、木の歴史や、倒れてもなお生きようとしている現在の状況について説明しました。

参加した女性

この木が1000年以上生きてるということを初めて知りましたが、これだけまだ葉を茂らせていて、すばらしいなと思います。地震や津波から人を助ける、まさに命の木ですよね。

「『サイカチ』の木と一緒に」

海から離れたこの地でも、津波から逃げる必要がある。「サイカチ」の木の教訓を、次の世代にも伝えていきたいと斉藤さんは話します。

斉藤陽子さん

この関東大震災から100年というタイミングで、サイカチの木を語り継ぐ人たちの輪ができたことがまず嬉しいことです。命の大切さと、この地域には災害から命を守ってくれた木があったんだよということを、このサイカチの木と一緒に話し伝えることができたらいいなと思います

取材後記

斉藤さんたちは、「サイカチ」の木の保護活動のほか、教訓を若い世代に伝えるために子ども向けの紙芝居の制作も検討しているということです。また、地元の館山市の博物館では、10月上旬まで関東大震災の企画展が開かれており、この木の伝承についても展示されています。
最初は、なぜこの木に対して、皆さんはここまで全力で取り組めるのだろうと思いながら取材をしていました。しかし、この木について取材を進めるにつれ、なにより地元で親しまれ、皆さんから愛されている木であることを知り、単に津波の教訓を伝えていきたいという思いを超えた何かが、きっとそこにはあるんだろうと感じました。
関東大震災から100年がたち、次の世代に震災の「遺構」をどのように引き継いでいくかが課題となるなかで、今回の斉藤さんたちの取り組みは、一つのモデルケースになるのではないかと感じました。
「サイカチ」の木の伝承は、形を変えながらも、未来へ引き継がれようとしています。

  • 坂本譲

    千葉放送局記者

    坂本譲

    2020年入局。事件・司法に加え、遊軍を担当。学生時代を東北地方で過ごし、東日本大震災の被災地に足を運ぶ。千葉県での震災や豪雨災害について取材を続ける。

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