人口およそ50万人の千葉県第4の都市、市川市。市の中心部、JR市川駅近くにつくった市の文化施設が、開設から1年4か月で廃止されることになった。去年、就任した市長の決断だった(文中敬称略)。
(千葉放送局記者 金子ひとみ)
「市川駅北口近くに整備した学習交流施設、市本は運営経費に年間3000万円以上を要しておりますが、開設した令和3年11月をピークに、1日あたりの平均来場者数は減少傾向となっております。当初予想・予定していた本を介した市民の交流という効果が期待通りに現れていないことや、多額の運営費用を利用していることなどを踏まえ、本年3月末をもって廃止することといたしました」
2月8日に市川市役所で行われた市長の定例会見。この日のメインテーマである新年度予算案を発表する前に、現市長・田中甲は、「市本」(いちぼん)という文化施設について、およそ1か月半後に廃止することを明らかにした。
市の中心部にあるJR市川駅そばの観光物産案内所だった施設を改修し、1年2か月あまり前の2021年11月にオープンした「市本」。前市長・村越祐民の肝いり施策で、「本の市場」と「市川の本」という意味が込められていた。
小説や写真集など、幅広いジャンルの本が毎月20冊以上並べられ、その場で読んだり買ったりするほか、併設するカフェのコーヒーを飲みながらゆったり過ごすこともできるようになっている。
電子書籍が普及する中、実際に本を手に取る良さを実感してもらう狙いがあり、毎月、テーマに沿って本が入れ替えられる。館内での読書会や講演会などのイベントのほか、インスタグラムを使ったライブ配信なども行われる。
落ち着いた場所で、本のセレクションが面白い。図書館とか本屋さんだと自分で選ぶけれど、ここはテーマで選び抜かれた本が置かれていて、「こんな本があったんだ」という発見ができるのがすごくいいです。
ただ、開館して1年あまり、「市本」の利用者数は伸びなかった。初期こそ1日に70人を超える利用者がいたが、その後は減る一方で、最近は1日あたり20人前後にとどまっていたという。
去年春の市長選で、村越らを破って初当選した田中は、小中学校の給食費の無償化や斎場とごみ焼却場を早期に建て替えるために市の予算を優先的に使いたいとして、その他の事業の見直しや新規事業の凍結を進めていた。
民間委託し運営していた「市本」にかかる費用は年間およそ3000万円で、田中は、「コストパフォーマンス(費用対効果)が悪い」として、事業者との単年度契約が切れる今年度末での廃止を決めた。
インスタグラムのフォロワーが1400人あまりで、ツイッターのフォロワーは800人あまり。これらの数も「少ない」として、高額な費用に見合っていないとの判断に至ったという。
あの場所ね、一等地なんですよ。だから活用いかんでは、もっと市民が有効に活用できる場所になるというふうに思うんですね。本を読まれることは魅力的なことだと思うんですけど、市川市にはそういう施設は他にもありますから。あの場所を最大限に生かしたいと考えています。
「市本」の廃止を、市民はどのように受け止めているのか。
これまで存在自体知らなくて、廃止と聞いても、悲しいという感情もあまりなく、『そうなんだ』ぐらいの気持ちです。駅には本屋さんもあって、そちらのほうが利用しやすいですし、廃止というのは妥当なのかなと思います。今後、市民にとって、さらに有益な施設になればよいと思います。
えー、困ります。廃止するのをやめてほしいです。私にとって、仕事とプライベートを分けるための大事な場所です。こういう公共施設を市が作っているのがとてもいいと思ったし、こういう施設にこそ税金を使ってほしいと思っていました。廃止反対の署名があれば、参加したいぐらいです。
よく前を通るけれど、明るさが少なくて、入りにくいと思っていました。廃止をするのはむだに思えるかもしれないけど、利用する人が少ないのだから、やめる決断をして、新しいものに転換する。早く帳尻を合わせた方がいいのではないか。明るく使える施設になってほしいです。
「市本」で小説を執筆することもあり、イベントにも参加してきた、市内在住の会社員でミステリー作家の石川智健さんはこう話す。
廃止と聞き、驚きました。今後、『市川文芸倶楽部』などの活動もしていこうと話していた矢先のことでした。文化を醸成する雰囲気を市が後押しするという取り組みは魅力的でした。インターネットを介した交流が主流になっていく世の中にあって、文化交流の場があるのは良いことだと感じていたので残念です。
「市本」廃止を2月9日のニュースで伝えると、利用者とみられる人たちを中心に、ツイッターではさまざまな反応があった。
「オープンしてからだと中々廃止の判断が出来ない例が多い中で決断出来たのは凄い。投資対効果の早期の見極め大事。評価します」
「見直しでは無く一気に廃止とは随分とまた思い切ったなあ。それにしてもインスタのフォロワー数が廃止参考というのは何と言うか、こう f^_^;)」
「そんなに短期で結論だしてたら育つものも育たないよ、人も文化も場所も」
「活字離れが影響しているのか、施設のプロデュース力が足りなかったか、理由はなんであれ、行ってみたかった場所で、本好きとしては悲しい」
「市本って市がお金出してる取り組みだったんだ。知らなかった。普通にお店だと思ってた。3000万かぁ…。税金から3000万って言われると、確かに廃止も、そうよね…となる…。給食費の方が大切よね…」
「市本」をつくった、前市長の村越はどう受け止めたのか。
公民館などの公共施設は、高齢の方のサークルなどでの利用が中心になりがちです。幅広い年代層の市民が、継続・反復して立ち寄れる施設を作りたいと、本を切り口に作ったのが『市本』でした。いきなり廃止ではなく、内容や見せ方、仕掛け方の改善をはかるというやり方もあるのではないかと思いますが、市の選択ですからね。
ただ、文化の深度はSNSのフォロワー数などでは測れるものではないと思います。文教都市・市川のトップの鼎(かなえ)の軽重が問われるのではないでしょうか。
「この後の活用につきましては、市川市の施策と一致し、より多くの市民の皆様に喜んでいたいただける施設となるよう現在検討中です。『健康寿命日本一』を目指して行う事業と連携させた場所にしていきたいと私としては考えています。市川駅の南口には図書館もありますし、八幡には新たな複合施設もできますので、市本に変わる場所がちゃんとありますと伝えたいと思います」
「前市長の机といすをネットオークションで売却する」、「新規事業を3年間凍結する」など、田中市長の打ち出す方針に、この10か月、驚くことは多々ありましたが、今回の「市本を1年4か月で廃止する」という方針には、これまでで最も衝撃を受けたかもしれません。
市本の利用者は少なかったと思いますし、運営費3000万円というのも高額すぎるのではないかという印象はぬぐえません。ただ、こういった施設を自治体が運営するという試みは、興味深いですし、広がってほしいと個人的に思っていたので、いきなりの「廃止」という決断をすんなりと飲み込めなかったというのが正直なところです。
田中市長は「市本を愛してくれていた人の気持ちはしっかりと受け止める」と話しています。今後、文化面での田中カラーの打ち出しがどうなるのか、注視していきます。