プラスチック製の自動車や最先端の分子構造の研究など、日本の未来を変えるような、さまざまな研究や実験が進められているのが、千葉県柏市の「柏の葉エリア」です。
つくばエクスプレスの開通後に開発が進み、大学の研究施設やベンチャー企業などが集まっていて、いま住民も増えています。このまちで取材をしてみると、柏の葉ならではのまちづくりのかたちがみえてきました。
(千葉放送局東葛支局 間瀬有麻奈)
つくばエクスプレスの柏の葉キャンパス駅周辺に広がる柏の葉エリアにあるこの研究施設は、東京大学と企業が連携して、新たなビジネスの展開につなげようとしています。施設には、分子構造を調べる最先端の機器がずらっとならび、大学教授や民間企業の社員が、所属の垣根を越えて共同で研究を進める空間となっています。ほかにもこのエリアには千葉大学や、産業技術総合研究所も立地しています。
このエリアには、ベンチャーやスタートアップ企業を支援しようと、広いコワーキングスペースを備えた「KOIL」と名付けられた施設もあります。施設はIT系企業が多く利用し、企業の枠をこえて交流ができるようになっています。
柏の葉エリアは、いわば“シリコンバレー”のような場所となりつつあり、このフィールドを活用して新しいビジネスを生み出そうと、起業や開発の動きが出ています。
このエリアの企業やコワーキングスペースなどで仕事をしながら、生活する住民も増えているため、住民たちが企業のイノベーション開発にも協力的で、実験に参加する動きも活発です。
例えば、この装置。身につけてランニングする際に、悪い姿勢や動きを検知すると装置から振動で伝わるようになっています。走行中のデータはスマートフォンにも送られ、データが解析される仕組みです。運動の苦手の克服や健康増進に役立てようとスタートアップ企業がいま開発を進めていて、今後エリアの住民を対象に、実験を行うことを予定しています。
このように柏の葉エリアは、大学、企業、そして柏市などの学・民・公が連携して、まちをつくってきました。
新しい挑戦がしやすい環境のこのエリアに2年前に移住した糸島裕司さん(32)。
このエリアにあるアプリ開発などを行う会社に勤めています。
先進的なまちの魅力に惹かれて転職し、妻と子ども2人の家族で移住。
活気のあるまちに、意識の高い住民たちの姿。仕事面でも、生活面でもその魅力を感じながら、暮らし始めました。
街並みが硬すぎず、だけど向上心があって、成長し続けるような雰囲気があるので、 自分の意識とマッチする面があり、非常に自分の心が元気でいられるなと思います。 ビジネスマッチングですとか、交流もしやすい環境にはあります。
ただ、実際に住んでみて、仕事で出会った人や、子どもたちの親世代などと会話をしてみると、みえてきた共通の課題があったといいます。
企業や研究施設などが出すイベントなど、まちの情報が散らばってしまっていたり、自治体が出す情報は、柏の葉エリアのものがみつけられなかったりと、たくさん良いイベントがあるのに、情報が住民に行き届いていないと思ったそうです。
この課題を可視化しようと、住民に協力を得て、糸島さんが約50人に行ったアンケート調査でも、住民たちがまちに対して「住みやすくて良いと思っているものの、満足をしているわけではない」ことなどがわかったといいます。
住民が生活に満足するには、人との交流やまちのイベントへの参加は重要な要素だと考えた糸島さん。「子育て」や「交流」に関わるイベントなどを、目的や開催日ごとにまとめ、まちの情報がひとめでわかるアプリの開発に乗り出しました。
事業を展開するため、自宅をオフィスにして妻・唯さん(30)と会社を設立。
イベントなどに参加することで、さまざまな世代が交わる交流の機会を生み出し、住民自身がまちづくりに参画していく、その仕掛けづくりを目指しています。
アプリはいまテスト版の制作を進めていて、来年ごろには、住民が実際につかえるように完成を目指しているということです。
自分の活躍、活動が町に還元されたら、それ以上に喜ばしいことはないかなと思っています。人と人との繋がりから来る温かさと優しさみたいなものが、目に見えてわかるような街にできたらと思います。
全ての人が柏の葉に来て、子どもも家族もみんな豊かに、健やかに過ごせるっていう、 幸せを感じられるような街にしていけたらなと思っています。
自治体、企業、大学などが連携したまちづくりが行われているこのエリアでは、柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)という、公・民・学が一体となってまちづくりを行う拠点があり、組織を超えた交流の基盤があります。
定期的にまちづくりを話し合う場も設けていて、自治体、企業、大学の関係者らが参加するだけでなく、数多くの住民が参加しているんです。
こうした場に積極的に参加している、太宰秀章さん(40)は、2012年に仕事のためにこのエリアに移住し、妻と8歳の娘と暮らしています。
移住当時はとくに、住民同士の関係が希薄だったといいますが、太宰さんは、仕事でイベントの運営を行っているスキルも生かしながら、仕事とは別に、住民同士の交流会などを自ら開き、長年、まちづくりに携わっています。
僕にとってのまちづくり活動って、ちょとした推し活みたいなところがあって、みんなも好きになってくれたら嬉しいなみたいな。
太宰さんは、今月18日に開かれたUDCK主催の交流会に参加しました。
この日のテーマは「地域の国際化」。大学の留学生や外国人研究者など、まちには外国人も増えています。
留学生を支援している参加者からは、「留学生たちがまちの人と出会う機会がない」という問題提起がされました。
太宰さん自身は、外国人と関わる機会は多くはないということですが、まちなかでの留学生の現状を理解し、自分がもともやっている交流やイベントの場に、留学生に来てもらえればいいのではないかと考えました。そこで、多くの留学生を受け入れている東京大学の准教授にその場で声をかけて、名刺交換し、イベントで提案も持ちかけました。
やりたい、という留学生の方がいらしたら、場所とか、広告とか、運営とか、全部こちらでやらせていただきます。
留学生としてネタを提供できる人がいればなんでもオッケーですか?
ただ単に住民の方と交流してみたいって言う目的でも良いです。
まちのために活動しようという住民がこのエリアには多くいますが、隣の人がどういう人なのか、なにをやっているのか、意外と知らないことも多いといいます。そういった人たちが、こうした場に積極的に参加して出会い、自らのスキルやまちの課題を共有し、所属を超えて知恵を集めることで、新たなアイデアを生み出して、実際に行動をする。それが、このまちに広がっている、まちづくりのかたちです。
自分が生活していく好きな空間にちゃんと関わろうとか、自分なりに何かできることないかなって考える住民は確実に増えてきいます。柏の葉のテーマのひとつに課題解決型 都市にしましょうっていう言葉がありますが、課題を解決してもらおうじゃなくて、一 緒に解決をしようっていう気持ちがこめられてると思っています。
柏の葉エリアの話し合いの場には、もうひとつ特徴的な動きがあります。まちなかで活用されているイノベーションについても話し合っている点です。
例えばまちには、防犯や見守りのため、うずくまったり、凶器を持ったりする人などを検知できる最新のAIカメラが30台近く設置されていますが、さらに、住民の生活にプラスになるようにするには、どうすればいいか、住民や企業の担当者らが、意見を交わしているんです。
最初は企業や行政が主導でつくってきた柏の葉のまち。そこに糸島さんや太宰さんのように、住民が自主的に関わり行動するようになってきて、ボトムアップのまちづくりが根付き始めています。
柏の葉を初めて訪れたのは、去年の10月末でした。最新の研究や実証実験を住民が体験できる「柏の葉イノベーションフェス」を取材したのがきっかけです。何かすごいものが生まれるんじゃないか、そんなドキドキとワクワクを感じ、こんなに素敵なまちがあるのかと、今でも忘れられないほど、鮮烈な印象を抱きました。まちで会う住民の方々の意識の高さにも何度も驚かされました。経済面でも、地域活性化などまちづくりの面でも、日本の未来を切り開く、新しいアイデアがこのまちから生み出されていくのではないか、その期待が高まります。