「過去2回の選挙とは比べものにならない厳しい選挙になる」
立憲民主党の小西洋之がことし4月の立候補表明で明らかにした、強い警戒感。
背景には、本格的な全国展開を視野に、さらなる勢力拡大を狙う日本維新の会の存在と、支持母体である連合票の事実上の分裂があった。(文中敬称略)
(千葉放送局記者 大岡靖幸)
ことし4月25日。
千葉県庁の記者会見室に、立憲民主党参議院議員の小西洋之の姿があった。
2ヶ月半後に迫った参議院議員選挙への立候補を表明するためだ。
自己紹介やこれまでの実績、参院選に向けた訴えなどをひと通り語った後、記者から選挙情勢について問われ、小西はこう語った。
「過去2回の選挙とは比べものにならないくらい厳しい選挙だと感じている。千葉県は3人区で自民党がおそらく2議席を取ることになりそうで、残りは1枠。今回は立憲民主党より支持率が高い日本維新の会がいることで、本当に厳しい戦いになる」
この1か月ほど前、同じ場所で、習志野市議会議員(当時)の佐野正人が日本維新の会から立候補することを表明していた。
私は、3期目を目指す現職議員が、新人候補相手に見せた厳しい警戒感に、率直に驚いたことを覚えている。
小西洋之、徳島市出身の50歳。
10歳の時に父親が脳卒中で倒れて寝たきりの闘病生活になり、それから21年間、父親の看病をしてきた。大学進学にあたっては、父親の病気を経験したこともあり地元の徳島大医学部に入るも、父親が完全介護の施設に入居し「好きな道に行け」と背中を押されたことで中退し、東大に入り直す。
卒業後は直接社会づくりに関わりたいと官僚の道を選択。旧郵政省に入り、ITベンチャー支援などに関わった。この間、人事院の派遣で米コロンビア大の国際・公共政策大学院に留学。政治・経済面での中国、韓国、インドなどの台頭と日本の地位低下を目の当たりにし、行政・政治の責任を痛感したという。
帰国後、経産省への出向や総務省を経て退職、民主党(当時)の公募に応じ、2010年の参院選千葉県選挙区から立候補、1位で初当選した。
憲法問題や外交・防衛、医療政策など多方面に詳しく、論戦を挑んでいくタイプ。
小西が民主党の公募に応じたとき、彼を選んだひとりは千葉4区選出で元首相の野田佳彦だった。野田は小西を「公募で選んだ当時は礼儀正しい文学青年に見えたが、実際は極めて戦闘的な男だった。政権の問題を厳しくチェックし、論戦を挑んでいく高い戦闘能力を持っている」と評価する。
今回、小西は3選に向けて大きな懸念材料が2つあった。
1つ目は、日本維新の会の候補者の存在だ。
日本維新の会は昨年の衆議院議員選挙で、県内13選挙区中、4つの選挙区に候補者を擁立。選挙区では敗れたものの、千葉6区の藤巻健太が比例代表で復活当選した。
このとき日本維新の会が獲得した県内の比例票は31万票弱。10万票あまりだった2017年の衆院選の3倍の票を獲得し、勢いを見せつけた。
NHKの世論調査の政党支持率は、衆院選直後から維新の支持率が急激に上がった。ことし1月には5.4%だった立憲民主党に対し、日本維新の会は5.8%と逆転。
その後はやや下がったものの、参院選直前には再び上昇し、立民と0.4ポイント差まで迫った。
小西が4月の立候補表明で日本維新の会への警戒感を強調したのは、こうした維新の勢いを脅威に感じていたからといえる。
また、組織票の固め具合や動員の様子などが第三者からも見えやすい自民党と比べ、千葉県における日本維新の会は風頼み、無党派層頼みの傾向が極めて強い。このため、有権者にどの程度支持されているのかが読みづらく、小西選対の1人は「見えない敵に後ろから追いかけられるようなもの」と話した。
2つ目は、主な支持団体である連合千葉が、国民民主党から立候補した礒部裕和にも推薦を出し、事実上分裂したことだ。
連合千葉は35の産業別労働組合で構成され、組合員数はおよそ15万人。
立憲民主党の有力な支持基盤であり、選挙では大きな基礎票となってきた。
しかし今回は2人の候補者に推薦を出したことで、傘下の各労組も対応が分かれ、組合員数が多い主要労組のうち、6年前の選挙で小西を支援したUAゼンセンや電機連合などが、国民民主党の礒部を支援することになった。
このため街頭演説の現場では、ビラ配りなどをしてくれる労組組合員の人数が減るなどの影響も出た。
小西の選挙のスタイルはオーソドックスで、かつ独特だ。
オーソドックスなのは、駅や街角で街頭演説を繰り返し、支援者や行き交う人々に直接訴えかける手法。独特なのは、その演説の中身と言えるだろう。
多くの候補者は、当選後に何を実現していくかを演説の中心に据える。
しかし小西の演説は、自らが議員として実現してきた政策の「実績」でほぼ埋め尽くされる。キャッチフレーズは「くらしを守る議員力」、そして「実務の力」。
政策立案能力の高さで積み上げてきた「実績」を最大の武器に、街頭演説を組み上げる。
例えば今回の参院選では、以下のような内容を盛り込んだ。
▽現在の物価高騰をアベノミクスから続く自民党の失政と位置づけ、「岸田インフレ」と名付けて追及の先鋒にたっていること
▽昨年、福岡県の保育園で送迎バスに取り残された園児が死亡した事件などを受けて、保育園でも安全計画の策定を義務化する法律改正に取り組んだこと
▽3年前に千葉県を襲った台風15号被害で、自衛隊によるブルーシート隊の派遣を段取りし、千葉県に働きかけて派遣要請に結びつけたこと
本人が気付いているかわからないが、小西は演説で「実は」という言葉を頻繁に使う。そしてこの後に来るのは、上に挙げた「実績」の数々だ。自他共に認める「政策通」だからこそ、なせる技なのかもしれない。
この実績てんこ盛りの演説は、有権者にはどう響くのか?
選挙期間中、演説を聞いていた何人かに話を聞いた。
「実現するかどうかも分からない未来の話より、実際に実現してきた実績の方が信用できる」(40代男性)
「話が難しいけど、これだけ色々やっているのは凄いと思う」(高齢女性)
「早口でよく分からん。もっとゆっくりしゃべって」と演説を終えた小西本人に注文をつける高齢男性の姿も見られたが、全体としては演説に納得している人たちが多かったように思う。
耳障りのいい公約を掲げ、当選しても実現しない例も多いなか、小西の演説はすでに実現したことが大半のため、安心して聴いていられるのかもしれない、と思った。
また、日本維新の会の佐野に追い上げられないためには、無党派層をより多く取り込む必要がある。小西は今回、街頭演説の他に、より無党派層を意識したSNSの発信を行った。
「選挙の小噺(こばなし)」という動画シリーズだ。
選挙に興味がない人に、少しでも関心を持ってもらおうと、用意した。
選挙運動で持ち歩くのど飴や栄養ドリンク、手袋などを入れる「小物入れ」や、演説時に肩からかける「たすき」、それに選挙戦さなかの昼食事情などなど、小西自身が政治の世界で「不思議だな」と思っていることなどを率直に語るスタイルとなっている。
ある日の小噺ではこんな話題を取り上げた。
「私、柴犬が好きなので、街を街宣しながら千葉の柴犬、千葉柴をカウントしているんですが、選挙戦前は柴犬くんたちをたくさん見ていたのに、夏の酷暑のせいですかね、柴犬が少ないんですよね。きのうは3匹ぐらいで、きょうは1匹でしたね・・」と、こんな調子だ。
国会などで見せる理路整然として切れ味鋭い小西からは想像できない、おだやかで茶目っ気のある意外な姿が垣間見られる動画だなと思った。
小西によると、政策ばかりで怖い人と思われている節もあるので、そうじゃないんだよということも訴えたかったのだという。
しかし、公示後、選挙戦は意外なほど順調に推移した。
マスコミ各社や政党自体の世論調査などでも、自民党候補2人と小西が抜けていた。
陣営内では、次第に維新脅威論は減っていった。
連合千葉の事実上の分裂についても、影響は思ったほど出ないとの見方が出始めていた。
私が話を聞いた関係者も、「小西は普段から労働組合とも丁寧に意見交換し、信頼関係ができている。政党との関係で国民民主党側に付いた労組も、個々の組合員には小西を応援してくれる人もおり、そう大きな影響は出ないと思う」と話した。
NHKでは午後8時、自民党の2人の候補とともに、小西に「当確」を出した。
最終得票で小西は47万3175票で第3位。4位は日本維新の会の佐野で25万1416票だった。
4位との差は22万票あまりの完勝で、小西や立憲民主党の関係者は笑顔を見せた。
しかし、千葉県内での比例票は立憲民主党が34万3591票、日本維新の会は33万1023票。3年前の参議院選挙では32万票あった差が、今回選挙ではわずか1万票にまで急減した。
来年春には統一地方選挙があり、県議会や千葉市議会などで改選となる。
立憲民主党の現職県議は取材に対しこう話した。
「今回の維新の比例票を見て、思わずゾッとした。維新は次の県議選に必ず複数の選挙区で候補を出してくるだろう。私のところも狙われるかもしれない。どう戦うか、今から考えておかないといけない」
来年春に向け、戦いはすでに始まっている。
選挙戦の最終盤、自民党の安倍元首相が演説中に銃撃され、死亡するという衝撃的な事件が起きました。
国会議員の中でも小西さんは、安倍元首相と国会で激しく論戦してきた間柄として知られています。今回の事件に際し、小西さんはツイッターなどでお悔やみの言葉とともに暴力は許されないなどと発信しましたが、「いつも批判してきたお前が言うな」などの書き込みが多数寄せられました。
しかし小西さんによると、こうした批判の声は、「残念ではあるけど、どうってことない」のだそうです。なぜなら、「信念を持ってやっているから」と。
全部会議録に残っているから、その会議録を見てもらえば、どういう意識でどんな具体的な論拠で、どういうことをしてきたか分かるので、大丈夫なんだということでした。
小西さんの取材を通して、この人のメンタルの強さの理由が少し分かった気がしました。