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1位当選は自民現職 猪口か自民新人 臼井か? 参院選千葉選挙区

  • 2022年07月14日

「猪口さんの知名度と運動量が勝るんじゃないか?」
「いや、臼井さんの組織力と勢いはすごい」

トップ当選するのは2期12年の現職か、それとも47歳の新人か。
選挙期間中、取材実感と各種調査結果をもとに問い続けた。
参院選千葉選挙区での自民党公認候補どうしの争いは、野党を眼中に置かないしれつなものだった。(文中敬称略)

(千葉放送局記者 櫻井慎太郎・金子ひとみ)

緊張漂う選挙会議

7月6日午前9時半。参院選投開票日の4日前。
千葉放送局の参院選取材班と東京・渋谷の選挙班をリモートで結び、最後の選挙会議が開かれた。
 

NHK千葉放送局

私たち千葉局の取材班は、前回の会議からこの会議までの1週間に、得票予測を変更した。定員3の千葉選挙区で、1位を自民現職・猪口邦子から自民新人・臼井正一に入れ替えたのだ。
当初は、猪口がその知名度と実績を武器に余裕でトップ当選すると予想していた。しかし選挙戦が進むにつれ、臼井の運動に勢いを感じるようになった。59市区町村すべてで検討し直した結果、県全体では臼井が猪口の票を上回ると予測した

会議では、期日前投票を終えた人に千葉局が行っていた出口調査の中身が議論になった。前日・7月5日までの平均では、臼井がリードしていたものの、時系列でみると、右肩下がりの傾向を示していた。一方、猪口は右肩上がりで、このあと投票に行く人が多くなるであろう無党派層の支持が増えてきているようにも見えた。

期日前出口調査の推移イメージ(実際の数値とは異なります)

当然ながら、次のような指摘が出た。

このまま猪口が伸ばしていくのでは?

回答に詰まった。前回、6年前の選挙で76万票という圧倒的な票数で勝利した猪口を上回る票を、新人の臼井が獲得するという確信は、どこにもなかったからだ。

千葉選挙区は3人区で、2人が当選することは堅い。正直、どっちが1位でもNHKの当確判定に影響はない。でも、選挙は民主主義の原点。候補者もその陣営も、必死で戦っている。私たち記者も全員で、地べたをはいつくばるように手分けをして取材している。できるなら、その順位も正確に読みたい。

駅頭の猪口

猪口と臼井、2人はどんな人物なのか。

猪口邦子、市川市東菅野生まれの70歳。
父親の仕事の影響でブラジルで育った経験から、「前向きでいることが8割の問題を解決するというのを習得した」と話す。
上智大学の教授を経て、2005年衆院選の比例代表・東京ブロックで初当選した「小泉チルドレン」のひとり。初代の少子化担当大臣を務め、認証式での青いドレスが当時、話題になった。

猪口氏HPより

2009年の衆院選には立候補せず、翌2010年、参院選千葉選挙区で当選。このとき猪口を中心で支援したのが、千葉県選出参議院議員の石井準一だった。

その後、党内での派閥入りなどをめぐって石井との間に距離が生まれる。そしてトップ当選した前回に続いて今回も、県議会自民党の多数派派閥に所属する30人あまりの県議や衆議院議員を11期務める森英介の支援を受けた。

猪口の戦い方は、自民党らしくない。屋内で支持者を集めた集会=ハコモノはあまり開かない。動員もほぼかけず、駅や街角にひとり立って街頭演説を繰り返す。演説では、出産育児一時金の増額や、国の予算によるスクールバスの導入、給付型奨学金の拡充などに取り組みたいと訴えた。

テーマカラーは千葉県花、菜の花の黄色。選挙戦では10着ほどの黄色いスーツを準備した。足元は「早く歩ける」と厚底スニーカーで、口元には、安倍政権時代に全世帯に配布された布マスク。座右の銘は「至誠純真・質実剛健」だという。

組織戦の臼井

臼井正一は習志野市生まれ、千葉市花見川区育ちの47歳。
父・日出男(83歳)と祖父・荘一(1987年死去)は、いずれも長く衆議院議員を務めた政治家一家の3代目だ。選挙戦で繰り返した「まじめに努力した人が報われる未来の実現を」ということばは、祖父から受け継いだものだ。
オリエンタルランドでの勤務を経て、2003年から県議会議員に。2009年、父の後継として、衆院選千葉1区に出馬するも落選。このときの経験を「県議2回当選後、有頂天になっていた自分を戒めることができた。人間としても成長できた」と振り返る。1年半の浪人期間を経て、2011年から再び県議に戻った。

臼井氏HPより

猪口と疎遠になった石井の全面的支援で6年前に当選した元栄太一郎が、今回の参院選に不出馬を表明し、2度目の国政挑戦を決意した。

臼井の戦い方は、「ザ・自民党」の組織戦。公示前から各地で大規模な集会=ハコモノを繰り返した。会場の準備や動員など中心となって動いたのは、石井と県議会少数派派閥の県議およそ15人。安倍元首相、菅前首相、茂木幹事長・・・名の知られた弁士が次々入った。本人の演説でのひと言目は「日本の平和と独立、日本人の命を必ず守り抜く」のフレーズで、自衛隊の明記など、憲法改正の必要性を訴えた。

臼井氏と石井準一参議院議員

テーマカラーは名前にちなんで「薄い緑」。先輩議員からは「しょうちゃん」と呼ばれている。父や母、妻、姉など家族も選挙戦を支えた。

猪口も臼井も去年の千葉県知事選で、自民党推薦の候補者として取り沙汰されたが、2人とも手をあげず、現知事の熊谷俊人に完敗した対立候補を支援したという共通点がある。

どっちが上か、揺れ動いた判断

【4月16日】

千葉市の海浜幕張で自民党千葉県連定期大会が開かれた。
れいわ新選組代表の山本太郎が、参院選で千葉から立候補する可能性もあるとの噂が流れていたころだ。

県連定期大会に引き続き行われた集会の一コマ

大会後の取材に、臼井は「山本太郎さんが千葉から出てきたら、私なんて吹っ飛んじゃいますよ。やばいですね」と焦りを見せた。
国会議員からは「猪口さんは知名度で頭ひとつ抜けているけど、臼井さんは新人だし、苦戦するのではないか」という声も聞かれた。
この時点では、臼井が3位に滑り込めるかどうかの戦いになる可能性もある、と考えた。

【4月24日】
千葉市中央区のホテルで開かれた猪口の事務所開き。自民党県議会多数派の30人ほどが一堂にステージ上に並んだ光景には息をのんだ。「県議がこれだけついてるというのは、各地域で選挙運動の手足が十分にあるということで、強力だろう」と思った。

集会後の取材で猪口は「トップ当選しなければ。でも、(臼井は)政治家一家の3代目で名前の浸透度が著しい。石井先生のグループは構造的な強さを持っているし、私の知名度もどんどん下がっている。気をつけないと」と、警戒する様子を見せた。

【6月4日】

臼井氏の総決起集会であいさつをする熊谷知事

東金市での臼井の総決起集会に現れたのは、千葉県知事の熊谷俊人だった。熊谷は「教育や福祉、産業政策など、さまざまな分野に精通されている」と臼井を評価する挨拶をした。臼井も「頼りになる知事だ」と持ち上げた。臼井と熊谷がグータッチする写真の等身大パネルに、2人の対談を紹介するチラシ、熊谷との連携を全面に押し出した演出で、会場は熱気に包まれた。

会場に置かれた等身大パネル

取材者としては少し戸惑った。去年の知事選で、臼井は熊谷の対立候補を支援していたはずだ。臼井と熊谷の仲を取り持ったのは、知事選で党県連とたもとを分かち熊谷を支援した石井だった。熊谷は「政党ではなく、私の県政運営にご理解・ご協力をいただいている方とフラットな立場でつきあっていく」と語るのみだが、140万票を得て知事についた熊谷の力は大きい。
このころには、れいわ新選組の山本太郎が千葉ではなく、東京選挙区から出ることも決まっていた。わたしたちは、風が臼井に吹きはじめていると思った。

余談だが、臼井と熊谷との接近について、猪口を支援する多数派派閥の幹部で、県連幹事長でもある河上茂は「俺たちはもう熊谷と対立しているわけではないし、県議会では予算案も全部ちゃんと通している」とした上で、「でも、臼井は、去年の知事選のとき、事務所探しに奔走したり応援演説にもあちこちで立ったり、対・熊谷の急先鋒だったんだぞ。それがコロッと変わるんだもんなあ、わからんなあ」とさみしそうに話していた。

【6月22日 公示日】

14人が立候補する中、猪口は届け出順1番を引き当てた。やはりツキを持っているのは猪口なのかも・・・予感がよぎる。
猪口は、演説が長くなりやすいのがキズだが、実績と今後の抱負は具体的だった。多数派県議の面々が、おのおのの地元で猪口を引き回した。

「大変なこともあったと思うけど、女性でこの地位を築いてきたのはすごい。猪口さんのことは知らなかったけど、応援したくなった」(30代主婦)、「70歳なのによくあんなにすらすらとしゃべれるなと感心した、内容も納得感がある」(70代男性)など好意的な反応が聞かれた。また、躊躇なく有権者に近づき、冷たくされても落ち込むことのない猪口の姿からは独特の強さが感じられた。やはり猪口がトップ当選するのではないかという気がしてくる。難しい。

【6月29日】
四街道市での臼井の個人演説会。会場いっぱいに支持者が駆けつけたほか、県議時代には会派、『立憲民主・千葉民主の会』に所属していた現市長・鈴木陽介が壇上で臼井への支援を呼びかけた。ともに以前から障害者福祉の問題に力を入れてきたというが、県議会での政治的なスタンスには大きな違いがあった。
熊谷にしても鈴木にしても、かつて臼井と距離があったはずの首長が、オモテで臼井を堂々と支援していた(注:熊谷は公示後は誰の集会にも顔を出していない)。猪口側には見られない動きだった。

臼井の演説現場では、臼井の顔写真を貼ったうちわを掲げるなど、熱心なファンもみられた。「努力した人が報われる世の中をつくりたいという思いが伝わってきて、全力で応援したい」(30代男性)「安全保障の問題から教育、少子化問題、地方の道路問題などバランスよく話をしている」(40代女性)など、訴えに共感する支持者からは熱量を感じた。

【7月3日~5日】
冒頭でも紹介した6日の最終選挙会議に向けて、千葉局内で繰り返し協議した。

「現職・猪口さんがやっぱり強いんじゃないか?6年前は76万票も取ってるし?」
「いやいや、臼井さんの組織力と勢いはすごいよ」

「高齢層には3世議員である『臼井』の名前の方が浸透しているのでは?」
「大臣も経験して2期12年の実績ある『猪口』のほうが、やはり知名度があるのでは?」

「ついてる県議の数は、猪口陣営の方が多いですよね?」
「でも、臼井陣営は石井さんの目が光ってることもあって、必死さは負けてないんです」

答えのなかなか出ない議論だったが、日々、2人の候補を追ってきた私たちの実感はなんとなく一致していた。「臼井の方が上ではないか」
最後は、政治部出身デスクの一声で方針が決まった。
「勢いは、臼井さんのほうがあるんですよね?臼井さんを1位で読みましょう」

トップ当選したのは・・・

【7月10日】
運命の投開票日。期日前に行った出口調査では、若干、臼井がリードの傾向があったが、その差は誤差の範囲だった。そして、当日の出口調査では、2人が並んだ。なんということだろう。

午後8時、2人に当確を出した。1位争いの確認に移る。

10日NHKの開票速報番組

序盤、開票の早い郡部に強い猪口が票を伸ばした。しかし、午後10時台後半になって、臼井の地盤、大票田の千葉市の票が開き始めると形勢が一気に逆転した。

臼井正一 65万6,952票(25.9%)
猪口邦子 58万7,809票(23.1%)

その差は6万9143票だった。
私たちの予想を超えて、差が付いた

この差の理由が何なのかは私たちもまだよく分からない。ただ、若い候補者のほうに期待した人たちが多かった、というのは言えるかもしれない。

猪口陣営の中堅県議はこう話した。

「臼井陣営は手堅い票の固め方だった。こっちももちろんがんばったけれど、猪口さんのキャラクターに頼っていた部分があった」

臼井陣営の石井の受け止めはこうだった。

「上出来。こっちの県議がいるところはちゃんと票が出たし、来春の県議選で俺に近い候補を立てる予定の場所でも票が出た。こっちは多数派ではないけれど、結束の固さが違う。主流派はこっちなんだよ」

本人たちの受け止めは

7月12日午前11時。
千葉県庁で当選証書の授与式が行われた。終了後、臼井、猪口、それぞれに話を聞いた。

まず、猪口。トップ当選ではなかったため、悔しがっているのではないかと予想したが、すっきりした表情でサバサバとしていた。

猪口氏

「悔しさはないわ。それぞれが堂々戦ったでしょ。若い方が多くの得票を得て初当選したことは有意義なこと。私が58万票を得られたこと、それにたくさんの人が応援してくれた、深く感謝しています」

ただ、こうもつけたした。

「6年前の元栄さんは千葉の出身ではなかったけど、臼井さんは千葉市で長年活動していた。その影響は大きかった。『猪口は安定した戦い』と伝えられる中で、あちらの陣営は『猪口さんは知名度と実績があって当選間違いないから、新人をなんとか押し上げてください』という訴え方もしていたでしょ。それは投票行動に影響したんじゃないかなあと思う。でも今そんなこと言ってもしかたないわ。わたしはわたしで『至誠純真・質実剛健』をモットーに、素直に戦ったから」

一方の臼井。
会場に入ったときの笑顔にうれしさがあふれていたが、当選証書を受け取るときの表情は引き締まっていた。

臼井氏

「65万票でのトップ当選は、望外の得票で身に余る票。有権者の期待に応えられるように誠心誠意取り組んでいく覚悟を強くしています」

そのうえで、自民党同士の争いをこう話した。

「選挙が終わったのでノーサイドでしょう。私が憎くてというよりは、自民党の2人を当選させるというそれぞれの思いで戦ったことですから」

大きな戦いがひとつ終わった。千葉県での次の大きな選挙は、来年春に予定されている統一地方選。中でも注目は県議会議員選挙だ。
今回、臼井陣営・猪口陣営にわかれて戦った県議も、次は自分自身の選挙となる。「派閥があるからこそ強い」と言われる千葉県の自民党。じりじりと勢力を拡大する石井はどのような出方をするのか。誰よりも票を持つと言われる熊谷は誰の支援に動くのか。千葉県政界から目が離せない日々が続く。

取材後記

選挙取材の面白さと難しさは、行動や発言の真意が本人しか分からないところにあります。取材をしていると「あの人があの陣営の応援に行ったのには、これこれという理由がある」といった推測が飛び交います。本人に問うと、意外と単純な理由が返ってくることもありますが、それが真意なのかは分かりません。またよくも悪くも本人の真意とは別のところで、そうした憶測が広がっていくこともあります。少しでも真意に迫れるよう取材を続けたいと思っています。
臼井さんの勢いを最も感じたのは、街頭に集まった人たちの熱気でした。ついつい陣営関係者への取材に重きを置いてしまいがちですが、有権者の反応や受け止めが大事だと改めて感じました。(櫻井)

猪口さんは選挙戦半ばの6月27日、都内の病院に入院中だった実母を亡くされました。当選から2日後の授与式の際、「実家に行ってきたの。こんなときに留守にしていてごめんなさいねという気持ちで」、と話す姿から、政治家・猪口議員ではなくて、3姉妹の長女・邦子さんの一面を見た気がしました。
一方、千葉県内の選挙のたびに取材をしている石井さん。ほとんどが強気な発言ですが、ごくたまに「今ごろ、あっちがすごい勢いで猪口の支援を呼びかけてるんじゃないかと不安で不安でしょうがなくなる」とぽろっと明かすことがあります。
私が選挙戦における政治家の取材にひきつけられるのは、こういったところなのかもしれません。これからも「いつもとは違う一面」や「人間くささ」を求めて、取材を続けたいと思います(金子)。
 

  • 櫻井慎太郎

    千葉放送局 記者

    櫻井慎太郎

    2015年入局。投票に行くのは期日前派です。

  • 金子ひとみ

    千葉放送局 記者

    金子ひとみ

    2006年入局。投票に行くのは当日派です。

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