3月3日の桃の節句を前に、各地でひな人形やつるしびなの展示が行われています。千葉県船橋市の商店会で開かれているひなまつりは、体が動かなくなる難病、パーキンソン病を患った女性が中心となって運営しています。
ひな人形を慈しみ、ひな人形を誰よりも思う女性を取材しました。
船橋市の中央部に位置する高根木戸商店会では、2月20日から3月4日まで、住民たちから譲り受けたひな人形を展示したひなまつりが開かれています。
美容師の對馬陽子さん(79)が中心となって企画しているひなまつり。2008年から毎年恒例の行事でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、去年とおととしは中止となり、ことし、3年ぶりに開催しました。
「ことしも(開催)できると思ってなかったの、コロナで。でも、こうやって開くことができて、胸がいっぱいで泣いちゃった」
秋田県出身の對馬さん。結婚して40年以上前からこの商店会で美容室を経営してきました。空き店舗を活用するためにこぢんまりと始めたひな人形の展示でしたが、寄贈される人形や賛同者も増え、年々、規模が拡大していきました。
「商店会を元気にしたいと思って始めたんです。最初は、折り紙で作ったひな人形も飾って盛り上げたのよ。人形を募集したら、地元の人から県外の人までいろんな人が寄贈してくれるようになってね。市長さんも応援してくれて、嬉しかったわ」
ひなまつりを始めたのと同じころから、對馬さんは、徐々に体が動かなくなったり、手足が震えたりする症状に悩まされ始め、その後、パーキンソン病と判明しました。同じ姿勢を保つことが難しく、いすに座っていても急に転がり落ちることもあるそうです。
ただ、症状が悪化しても、對馬さんのひなまつりへの情熱が衰えることはありませんでした。まつりの期間中は、毎日、着物を着て、会場に立っています。
「『亡くなった娘のひな人形だ』とか、『子どもに譲ろうとしたのに、こんな古いのいらないと言われた』とか、それぞれ物語があるの。ひとつひとつ、家族の思いが込められていて、それ背負ってるもんだから、私、責任が重いのよ」
不備を見つけると、「あらあら、お髪が乱れてるわね、あとで直しましょうね」「ここ(衣装)、縮れてるわね、霧吹きでシュッシュッって伸ばしてあげるわね」などと、赤ちゃんをあやすように、對馬さんは人形に優しく語りかけていました。
一方、あでやかな十二ひとえのおひなさまが扇子を手に鎮座する姿を見つめながら、「わたしも若かったら、こんなことしたかったなぁ」と小声でつぶやく對馬さんも。かつての自分をおひなさまに重ねているのかもしれません。
高齢者施設に寄贈するなどして、減ったり増えたりして今は20あまりあるひな人形セットのうち、注目は1890年(明治23年)に作られたひな人形です。
對馬さんは訪れた人たちにこの人形のことを詳しく説明していました。
「これ、木製ね。彫刻刀で削って作ってるんですよ。ほら、お顔見て、静かな顔してるでしょ。貝殻から白色を取ってるのよ。130年経っても、あせないの。現代ならこんな作業やらないでしょうね」
「へぇー、明治23年。写真撮ってもいいですか?説明を聞くと興味がわきますね。古い日本の文化を伝えようとするのはとてもいいことだと思います」。
年月を重ねるうちに、行方がわからなくなった小物の代わりに、對馬さんが、折り紙や粘土で手作りして付け足したものもあります。
「このおもち、私が作ったのよ。おもしろいでしょ」
「作・つしまって書かないとね」
「写真にすると、どれも本当に映えるお人形なのよ」
「今で言う、映え、インスタ映え、ってやつですね」
最後に、對馬さんからのメッセージをお届けします。
對馬さん「実物を見てみなきゃわからないから、ちょっとでも実際に見てほしいです。写真だと、ほぉほぉで終わっちゃうでしょ、でも実際に見ると、お顔も全部違う、丸かったり細かったり、まぶたが一重だ二重だ、目も昔のは小さいけど今のは大きいとか、全然違うということですね。そういうことを知ってほしいです。お客さんに喜んでもらわなくちゃ。喜んでもらって、こういうものが、まだ古いものが残っているということも教えてあげなきゃ」
はさみを握るのが難しくなった對馬さんに代わり、今は息子の章さん(50)が美容室を継いでいます。章さんはお母さんのことを「うちのばばあが」などと言いながらも、ひなまつり会場での對馬さんからの「ここを直したいの」「この部品探してほしいの」などの細かい要求にできるだけ応えようとしていました。認知症の症状もあり、同じことを繰り返すことも多い對馬さんのことをそっと見守っていました。章さんのような商店会のあたたかい仲間に支えられて、對馬さんのひなまつりが実現できているのだなあと思いました。