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病院で相次ぐクラスター 救急医療ひっ迫 千葉県船橋市

  • 2022年02月04日
入退院の状況を示す画面

新型コロナの検査キット不足の状況を取材したいと問い合わせした医師から返ってきたのは「それよりももっと大変なことがある、救急搬送の受け入れがひっ迫している」という反応でした。当初の目的を切り替え、その救急ひっ迫の現場を取材させてもらうことにしました。そこで目にしたのは、想像をはるかに超える慌ただしい救急病院の現実でした。

クラスターの影響が別の病院に

板倉病院 梶原崇弘 院長

新型コロナウイルスの1日の感染者数が東京都で1万人に迫り、千葉県では2000人を初めて超えたという1月21日、私は、陽性かどうかを調べる検査キットが不足している医療機関で取材できるところがないか探していました。かつて取材でお世話になった病院や医師などに問い合わせする中で、船橋市にある板倉病院の梶原崇弘院長にもメールを送ってみました。

金子記者

検査キットが不足して困っていませんか?

梶原院長

うちの病院はキットはなんとかなっています。それよりも、もっと大変なことがあるんです。船橋では今、2つの2次救急病院内でクラスターが発生して受け入れを制限している影響で、そのほかの救急病院の病床稼働率が96%となるほどひっ迫しているんです。非コロナ患者の受け入れにも影響が出ているんです。

病床稼働率が90%を超えるのは危機的状況です。
船橋市内では、1月18日以降、入院や手術が必要な患者を受け入れている9つの2次救急病院のうち、「セコメディック病院」と「船橋総合病院」で、それぞれ職員と患者が感染する大きなクラスターが発生していたことは私も認識していました。でも、その影響が周りの救急病院に広がっていることまでは考えられていませんでした。

病院でのクラスター発生を知らせる市の発表資料

私は、当初の取材の目的を切り替え、救急受け入れの様子などを、板倉病院で取材させてもらうことにしました。

延命措置の話の間にも受け入れ要請

板倉病院

取材に行ったのは1月26日水曜日の昼前。板倉病院はおよそ90床の病床があり、80年以上前に開院した病院です。「そんなに頻繁に救急受け入れ要請は来ず、救急車到着を待つ時間が長くなるだろう」と長時間のロケを予想していました。しかし、到着するやいなや、職員さんに「今、ちょうど救急車で患者さんが運ばれてきたみたいです。患者さん家族の取材の許可が取れれば撮影しますか?」と聞かれます。許可が取れ、待ち時間ゼロでいきなり救急の様子を、距離を取って外から取材することになりました。

患者の家族と話をする古川医師

救急診療部長の古川(こがわ)力丸医師が、救急車で運ばれてきた80代の女性の家族と話をしていました。38度台の発熱や息苦しさ、不整脈の症状があった女性。救急車が駆けつけ、6つの病院に受け入れを断られた後に、この病院に運ばれてきました。検査でコロナへの感染が確認されます。病床はひっ迫していたものの、肺炎の症状がみられ、持病もあったことから、古川医師はなんとか受け入れる決断をして、女性の家族と治療方針を話し合っているところでした。

古川医師

万が一の話をさせていただくと、できる限りの治療をしても、それでもちょっと厳しいよ、助かる見込みが薄いよという状況に万が一なった場合、人工呼吸器の延命治療を望みますか?

女性の家族

本人は望んでいません。

そんなやりとりをしている最中にも、古川医師のもとには、次から次へと、救急患者の搬送先が見つからず、受け入れてほしいという消防の救急隊からの電話がかかってきていました。

救急隊からの電話を受ける古川医師

古川医師
「これ、うち何件目?6件目なの?他の病院はもう無理ってことだよね?、とりあえずじゃあ部屋ないんだけど受けて入院必要だったら考えますんで」

5つの病院に受け入れを断られた発熱ありの70代の女性を搬送させてほしいという要請です。この時点で空き病床はなかったものの、古川医師はいったん搬送を受けることにします。午前中のうちに退院して空いた病床をすぐ整えるなどして入院患者として受け入れました。この女性もコロナに感染していました。

古川医師

ほかの救急病院でクラスターが発生して機能が縮小している分、その影響 で周りの病院に患者が押し寄せて来ています。ベッドが絶対的に足りないので、ベッドの残っている数を把握しながら受けるとほとんど断ることになるので、工夫しながらなんとかやりくりしています。外来患者用のベッドでいったん受け入れて点滴措置して、病床が空き次第移ってもらうとかの対応を取ることもあります。

病院に到着する救急車

1時間の間に3台の救急車が次々とやって来る時間もありました。また、診察室の裏側のバックルームでは、看護部の外来師長が院内の各病棟や保健所と電話して、病床の調整にあたっていました。この日1日で、なんとか病床をやりくりして16人の救急患者を受け入れました。

退院後、即入院が繰り返される

救急受け入れ風景の取材を終えた後、午前の診察と午後の診察の間のわずかな時間に梶原院長のもとを訪れました。

院長のパソコン画面に出るこの時点の病床稼働率は97.62%でした。

梶原院長

稼働率が100%を超える状況になることもしょっちゅうです。緊張感を持って、日々調整しています。

金子記者

どういう思いで対応にあたっていますか?

梶原院長

うちが手をおろすと、この地域の医療が止まってさらに大変になってしまう。今そこにある命を助けないといけない。なんとかうちでクラスターを出さずに頑張るしかない。職員はみんな使命感を持ってやってくれていてひたすら感謝です。あと、救急隊を早くフリーにしておかなければという事情もあります。どこかの病院が患者を受け入れないと、救急車自体が動けなくなってしまうんです。次の救急患者さんの搬送、本当の救急医療の提供にも差し支えてしまうので、やはり依頼はなるべく断らず、限られているけど、ここががんばりどころで、できることはやろうということです。

取材後記

この日の取材を振り返りながら、梶原院長のメールの署名部分には、いつも「究極の地域医療を目指して」というひと言が入っているのを思い出しました。
私が見たのは、梶原院長の言う「究極の地域医療」のひとつの姿なのではないかと思いました。2つの大規模な救急病院でクラスターが発生し、船橋市内の救急医療提供体制が崩れるかもしれないという危機にある中で、「崩れてたまるものか」と、傾きかける「柱」を必死で立たせようとする矜持に、グッとくるものがありました。
取材したときよりも今は感染状況も病床のひっ迫もさらに悪化しています。いつまでも病院のふんばりに甘えるわけにはいきません。病院が通常の姿を取り戻せるよう、感染を早く収束させるしかありません。

  • 金子ひとみ

    千葉放送局

    金子ひとみ

    2006年入局。船橋市在住。4歳双子の通う保育園が休園し、混沌とした日々です。

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