「遊びで働いているなら、保育園に預けるな」。数年前、女性起業家に向けられた言葉。女性の起業が珍しく、周囲に理解が得られなかった環境から、今では30人以上の女性が起業。今、子育て世代の人口増で注目される千葉県流山市で行われた、女性起業家を支える取り組みを取材しました。
「母になるなら流山市」のキャッチコピーでおなじみの流山市。流山市は都心へのアクセスの良さから、子育て世代を中心に東京や近隣市から転入する人が増えていて、2021年に人口20万人を突破しました。全国800近くある市の中で、5年連続、最も人口増加率が高いんです。
流山市に転入する世帯の多くが30代の子育て世帯。多くのキャリアのある女性が出産や育児などで離職していました。しかし、流山市には都心と比べて働く場所が少ない・・・。
そこで市は、2015年から「女性向けの創業スクール」を立ち上げました。事業のコンセプトの作り方や開業の手続きを学んでもらい、市内で起業してもらおうと考えたのです。
女性向け創業スクールの発起人の1人、尾崎えり子さん(38)。
尾崎さんは1人目を出産するタイミングで東京から流山市に転入。その後も都内に通勤し仕事を続けていましたが、2人目を出産後、通勤中都内に着いてから子どもの体調不良で流山市に戻るという生活が続き、育児との両立に悩み、退職しました。
その後、子どもを育てながら仕事をするため市内で職場を探しましたが、見つかりませんでした。2014年、自らが転職に悩んだ経験をいかして、教育とキャリアに関する事業を行う会社を自ら立ち上げました。
当時は市内で起業する女性は珍しく、「遊びで働いているなら、保育園に預けるな」と言われたこともあったといいます。
「ベッドタウンで仕事を探しているお母さんたちは実は多くて、今までのキャリアを全部消しゴムで消して大学時代のバイト経験を書いて、ようやくカフェに受かるんだという人もいました。日本でこれだけ労働人口が減少していくなかで自分のキャリアを消さないと働き先が見つけられないなんて間違ってるんだと。この問題を解決すればすごく大きなインパクトになるんじゃないかというふうに自分の就職活動を経て思ったので、そこで感じた葛藤が事業の核になった」
そこで尾崎さんは、起業する仲間を増やし、“自立した一人の人間としてつながれるようなコミュニティー”を作り、街の空気を変えようと、市とともに女性向け創業スクールを立ち上げました。
スクールを始めた当初は、女性の起業が珍しかったため「夫に創業スクールに通うことを言わないでほしい」「近所の人に通っていることを知られたくない」という声もありましたが、毎年卒業生を輩出し、実際に街で起業する人が増えてきたことで、街の空気が次第に変わっていったといいます。
「受講生が50人を超え100人を超えていうふうになってくるとを受けるのも当たり前になってきた。7年かけて多種多様な創業者ができた事でこんなパターンなら私でもできるかもというモデルケースがたくさん出てきた」
2020年、このスクールで学んだ川口紗知さん(35)。福岡市で広告や大学の広報の仕事をしていましたが、夫の転勤のために悔しい思いを抱えて退職。2019年に流山市に引っ越してきました。今は、経験を生かして企業の広報戦略についてのアドバイスを行い、会社員時代とほぼ同じくらいの収入を得ています。創業スクールで、起業した仲間と出会えたことで背中を押されたといいます。
「先を走ってる先輩方の背中を見れたっていうのが一番大きかったことかなと思っている。創業している女性の知り合いがいなかったので、第一線で活躍してる方がいるんだっていうのすごい刺激になりました」
2人の息子に、自分が働いている姿を見せたいと話してくれました。
「仕事をしていなければ、どこかで自分自身が犠牲になってしまったっていう、ちょっとネガティブな気持ちを引きずったままでいったかもしれない。自分のスキルを持ってどなたかのお役に立てる事で感じられる達成感とか充実感っていうのは何事にも代えがたいものがあるなと思います。そういったものを感じる事で子どもに対してもプラスの影響があるだろうし自分自身の世界も広がるなと思っていますね。特にうちは男の子2人という事もあるんですけど、女性も働いているというのは当たり前に感じ取ってほしいなと思っていて、その姿を私たち夫婦で見せれたらいいなと思います」
2021年のスクールの集大成のプレゼン発表会が12月17日に行われました。半年かけて事業の作り方を学んできた受講生たちが、顧客やビジネスパートナーの獲得を目指し、練り上げたプランを次々に訴えました。
ご提案する離乳食教室の特徴は、パパ向けの教室ということです。パパと対象を限定することによってパパ同士のつながりが生まれます。現状流山市で土日に開催している離乳食教室がないため、土曜日に開催します
キャリアカウンセリングを提案します。私はこれまで一貫して人材系の仕事に従事しておりました。母になるなら流山市というキャッチコピーの下でたくさんの女性子育て世代の女性が転入してきました。彼女たちは母だけではない顔持っています。流山から転入してきた女性をまずメインのターゲットとして、利用しやすい価格帯でプロフェッショナルなサービスをサポートいたします
仕事と家庭の両立に悩み、仕事をあきらめる女性がいまだ多い中、同じ境遇の女性が起業する背中を見て、新たな人たちがチャレンジしていく循環ができています。
今の流山にやっぱり足りないものだったりあったらいいなっていうものをこれからどんどん受講生たちが形にしていく。この街に自由にもっと女性が活躍できるようなフィールドが出来ているんじゃないかな
「女性向け創業スクールはこれまでに170人以上が受講し、カフェなどの飲食店やWEBデザイナーなど様々な分野で30人以上が創業しています。知識習得はもちろんですが、同じ志を持つ受講生同士の関わりを深めてもらい、切磋琢磨できる女性同士のネットワークを築いていってほしいです。市で利用できる制度の案内もできるので、気軽に相談してほしい」
国の調査では、起業家の女性割合は、2017年時点で27.7%と、男女の差は大きく開いていて、女性は「経営の相談ができる相手がいないこと」に悩む人が多く、孤立しがちになるといいます。今回取材して、こうした状況でも流山市で女性創業者が次々と誕生する秘訣は「コミュニティーの強さ」だと感じました。市では、月に1回スクールの卒業生が集まるイベントが開かれ、つまづいたときに先輩に相談しやすく、伴走する仲間と悩みを共有できる環境があります。今では、卒業生同士でビジネスを始める例も出てきているということです。リクルートワークス研究所がホームページで紹介している調査によりますと、女性が1人目の出産後に離職する割合は、2020年の時点で36.2%となっていて、今もなお、育児のために離職する女性が多いのが現実です。育児のために時間に自由のきく起業をすればいいということではなく、やりたい仕事をするための「1つの選択肢」として広がればと思います。