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未承認薬アビガンがなぜ? 千葉県いすみ市の病院で不適切処方

  • 2022年01月04日
抗ウイルス薬「アビガン」

新型コロナ対策の切り札の一つとして一時期待され、承認が見送られた抗ウイルス薬の「アビガン」。感染の第5波に見舞われていた今夏、その未承認薬が千葉県いすみ市の公立病院で国のルールに反して自宅療養者98人に処方されていたーーー。
病院で何が起きていたのか、記者の取材報告。

突然の会見

12月7日、千葉県いすみ市にある地域の中核病院、いすみ医療センターが急きょ会見、アビガンの不適切処方を明らかにした。第5波の最中にあったことし8月から9月、コロナ治療薬としては承認されていないアビガンを自宅療養となった10代の8人を含む男女98人に処方していたという。薬の有効性を調べる「観察研究」の一環だったとしているが、入院患者のみに限定すると定めた厚生労働省の研究ルールに反するものだった。加えて必要な院内手続きを経ていないことなども判明。厚生労働省から不適切だとして指導を受けたことを明らかにした。一連の対応について、病院は不適切だったと陳謝する一方、「緊急避難的でやむをえなかった」と主張した。

会見で陳謝する病院幹部

アビガンとは

まずは処方された薬「アビガン」から説明したい。

一般名は「ファビピラビル」。富士フイルム富山化学がインフルエンザの治療薬として開発し、2014年に国が承認。ただし、使用は厳しく制限されている。理由は動物実験で胎児への副作用が報告されているためで、妊娠中の女性や妊娠している可能性のある女性には投与はできないとされている。さらに、使用できるのは新型インフルエンザなどの感染症が発生し、アビガン以外の薬が効かない場合、かつ、国が必要と判断した場合と限定。現在アビガンは国の管理下に置かれ、一般には流通していない。

いすみ医療センター

厳重管理のアビガンがなぜ?

国が管理し使用が厳しく制限されているアビガンが、なぜ千葉県いすみ市の病院で使用されたのか。

病院は「観察研究」の一環として処方したと説明。観察研究とは薬の有効性を確認するための臨床研究のひとつで、患者に薬を飲んでもらって経過を観察し、その結果から有効性や安全性を調べようというもの。

今回の観察研究は、富士フイルム富山化学が国から承認を受けるために実施した治験とは別に、藤田医科大学病院などでつくる研究班が厚生労働省から研究費の補助を受けて2020年3月に開始。いすみ医療センターは約1年半後の2021年8月、観察研究に参加。国からアビガンの供給を受けていたため、使用することができた。

処方ルールを示した厚生労働省の事務連絡

何が不適切だったのか

病院は今回、厚生労働省が定めたルールのうち、少なくとも3つを守っていなかった。ルールは今回の観察研究のために設けられ、アビガンが▼コロナ治療薬としては未承認であること▼副作用のリスクがあることから、厚生労働省の事務連絡として通知されている。

①対象患者を守らなかった
通知は「医師の管理下で、確実な服薬管理・残薬管理ができること(自宅療養者及び療養施設での投薬ができない)」として、処方は入院患者のみに限定している。今回、処方を受けた98人はすべて自宅療養者で入院患者はいなかった。また、処方後に患者が薬を飲みきったか、残薬の確認を徹底していなかった。厚生労働省の指導を受けて病院が調査したところ、残薬が少なくとも数件あったことが判明している。

②意思決定の手続きを経ていなかった
処方にあたっては、病院内の倫理審査委員会の承認を得ることとされているが、得ていなかった。倫理審査委員会は患者の人権と生命尊厳を守るために薬の使用が倫理的に問題ないか、第三者を入れて確認する手続き。今回、委員会の開催を求めることをしていなかった。

③研究結果を報告せず
病院は処方結果を観察研究をとりまとめる研究班に速やかに報告すると定められていたが、2か月が経過した会見時点でも、これを行っていなかった。データとして活用されなければ、薬の治療効果を調べるという本来の目的を果たせないことになる。

会見する伴病院長(左)と平井医師(右)

でも、なぜ?病院の説明は

12月7日の会見で、伴俊明病院長は「当時、感染の第5波を受けて入院できない患者が市中にあふれる状態で、緊急避難的でやむをえなかった。目の前の患者を救うことが大原則で、患者も同意していた」と説明。手続きに不備があったことは認めたものの、処方は患者のためで問題はないという見解を示した。

一方で当初から不適切な処方だったという認識を持っていたことを明らかにした。しかし、処方を主導し実行したのは病院ではなく、コロナ対策のアドバイザーとして外部から起用された平井愛山医師、個人だと主張。病院やいすみ市の関係者によると、平井医師は病院の管理者であるいすみ市長からの信頼が篤く、いすみ市や地元の保健所などと連携してPCR検査を積極的に実施するなど、地域のコロナ対策の実質的な責任者だったという。会見で伴病院長は当初反対したが、平井医師がいすみ市や保健所などと協議しすでに合意を形成していたため、病院として止めることはできなかったと説明。

病院長が反対する中、決まったというアビガンの処方。何が起きていたのか、伴病院長と平井医師の2人の説明を軸に整理する。

・8月13日、感染拡大を受けて、伴病院長と平井医師、それにいすみ市と保健所、地元の医師会がいすみ市役所に集まり対応を協議。この中で、平井医師が観察研究に参加してアビガンを入手し、自宅療養者に処方する考えを提案したという。

・これに対し、伴病院長は反対を表明。しかし、平井医師が自分の責任でやると発言し、最終的には合意が形成され、アビガンの処方が決まったという。

・病院長は会見の中で「13日の会議で協力を求められたが、違法な行為だと間違いなく思ったため、病院の医師を使って処方することはできないと申し上げた。ただ、平井医師から『私が1人でやる』と申し出られ、保健所長が許可した。平井医師が提案し、いすみ市、保健所、医師会が合意する中、病院だけ が反対することはできなかった」と発言。ただ、最終的には許可しているため、責任は病院にあるとしながらも、処方したのはあくまでも平井医師個人だと主張した。

・一方、平井医師は、「処方は私が行ったが、決断したのは保健所長だった。特例の状況だと理解した。ただ、研究責任者として厚生労働省に相談しなかった点は深く反省している。厚生労働省には保健所が調整していると思った」と発言。

 ・保健所長はNHKの取材に対し、「処方は平井医師が主導し、病院やいすみ市、医師会とともに合意したが、私に決定権はない。当時は災害時の対応として認められると考えていたが、その後、誤りだったとわかった」と回答している。

・いすみ市は「アビガンを入院患者に処方するのか、外来で処方するのかについては知らなかった。処方について、市が意見する立場になく医師の判断で行われたと理解している」と回答している。

誰がどうやって決めたのか、互いの意見は食い違ったままだ。

アビガンの処方を受けたという60代の男性 
現在は酸素ボンベが欠かせない

患者は

取材では処方を受けたという患者に話を聞くことができた。

この患者はいすみ市内に住む60代の男性。2021年8月、PCR検査で感染がわかり、紹介されたいすみ医療センターを受診。そこで平井医師から自宅で服用するためとしてアビガンを4日分計42錠を処方され、すべて服用したという。男性はその後症状が悪化したため入院し、1か月後に退院しましたが、呼吸器に障害が残り、酸素ボンベがなければ生活できなくなったという

処方の際、平井医師からアビガンの詳しい説明はなかったという。当時は40度近い発熱で頭がもうろうとしていて、示された同意書をよく読まずにサインしてしまったという。今回の問題が判明した後、病院から説明も謝罪もないとして、男性は今、病院の対応に不信感を抱いているという。

専門家は

今回の不適切処方、専門家はどう見ているのか。2人の専門家に聞いた。

千葉大病院の猪狩英俊医師

1人目は、千葉大学医学部附属病院の感染制御部長、猪狩英俊医師。

未承認の薬を使用する場合は、病院が患者の経過をしっかりと観察で枠組み(入院)の中で使用すべきで、今回の自宅療養者への処方は医療の目が届きにくくなり、患者の真の意味での安全性が担保されないというべきで、問題がある。今回のルールは患者を守るために設けられたもので、目の前の患者に医療を提供したいという情緒的な主張は理由にならず、認められない

その上でなぜ、ルールを逸脱してまでアビガンを処方したのかと疑問を呈した。
理由はアビガンの処方時期にあるという。いすみ医療センターは2021年8月から9月にかけて処方していたが、この時期はアビガンの承認が見送られてから半年以上が経過していたほか、海外の研究でも有効性が確認されないという報告が出されていた。こうしたことから、多くの医療機関がアビガンの使用を中止していたという。

アビガンの使用状況を示すグラフ
 提供:千葉大病院 猪狩医師

こうしたアビガンの使用を控える動きは、千葉大病院でも見られ、2021年1月頃には使用を止めていたという。夏頃には治療の中心は「レムデシビル」や「カクテル療法」に移っていたという。 

アビガンは観察研究が始まった当初こそ、有力な薬として使用していたが、その後国内で承認されなかった上、海外の研究でも否定的な論文が出されていた。多くの医療機関が使用を控える中、この時期になぜアビガンを選んだのか。ルールを逸脱してまで使用する理由がわからない

次に話を聞いたのは民間の医薬品監視団体「薬害オンブズパースン会議」のメンバー、隈本邦彦さん。

「薬害オンブズパースン会議」の隈本邦彦さん

今回の不適切処方は病院側の不手際という問題にとどまらないと指摘。リスクのある薬を観察研究として処方することを認めた厚生労働省の対応に問題があると主張。

今回の処方は抗インフル薬として承認を受けた薬をコロナ治療という別の目的で使用する「適応外使用」と呼ばれる。こうした使用は本来、臨床研究法で規制を受ける「特定臨床研究」と位置づけられ、重大な副作用が発生した場合に備えて、病院は保険加入を義務づけられる。しかし、今回は「適応外使用」にもかかわらず、「特定臨床研究」とならずに、法規制の対象外となる「観察研究」とされた。その結果、重大な副作用が起きても患者が救済される可能性は低くなる。今回はリスクの高さから「特定臨床研究」として行われるべきで、「観察研究」とした厚生労働省の対応は異例といわざるを得ず、大きな問題だ

病院は現時点で副作用の報告はないとしている。また、病院として独自の救済措置は用意しておらず、重大な副作用が発生した場合は、法律に基づく公的な救済制度「医薬品副作用被害救済制度」を紹介するとしている。ただし、病院によると、平井医師が患者に示した同意書では、この制度の対象外となる可能性があるという一文が記されているという。

アビガン処方の際に使用した同意書
 提供:いすみ医療センター

取材後記

今回の不適切な処方は「患者のため」に行ったと医師は説明しました。しかし、本当に患者のためになるのかと疑問を抱えて取材すると、専門家からは想像以上に厳しい指摘が返ってきました。また、意思決定があいまいな上、病院長が反対していた事実にも驚かされました。まだまだ詳しい経緯が明らかになっていない部分もあり、関係機関には「患者のため」にしっかりと事実関係を明らかにして欲しいと思います。
また、アビガンの処方を協議した病院といすみ市、保健所それに地元の医師会の4者はコロナ対策に連携してあたっていて、地元で取材をしていても「いすみモデル」として支持する声も聞かれました。今回の事案が、対応への批判で終わらずに教訓を生かす方向につながっていって欲しいと思いました。

情報・ご意見お寄せください

取材はこれからも続けたいと思います。今後の取材の参考にするため、今回の不適切処方についてご意見やご経験をお聞かせください。また、臨床研究の課題などについてもご意見をお聞かせください。NHKニュースポストで受け付けています。

https://www3.nhk.or.jp/news/contents/newspost/

  • 櫻井慎太郎

    千葉放送局

    櫻井慎太郎

    2015年入局 長崎局、佐世保支局を経て千葉局で県政を担当

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