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パラリンピック車いすバスケ川原凜選手が支援学校に来た 千葉

  • 2021年12月22日

最後まで熱い試合を繰り広げたパラリンピックの車いすバスケットボール。選手たちの格好いい姿が脳裏に焼き付いている人も少なくないはずです(私もそのうちのひとり!)。
今月、銀メダルを獲得した日本代表の川原凜選手が千葉市内の特別支援学校にやってくると聞いて、超一流選手から障害のある子どもたちは何を学びとり、どう交流を深めるのかが気になり、取材することにしました。 

千葉市若葉区の県立桜が丘特別支援学校では、パラリンピック選手らの来校に向けて、1週間かけて生徒たちが車いすバスケットボールや選手について学習しました。
この日は、小学4年生から6年生までの5人の生徒が、生活指導の授業の時間に、教員からバスケットボールを渡されると、「初めて触った」と言って興味深そうに硬さや大きさを確かめていました。
さらに、競技用の車いすの違いについて実物を見て学んだ後、パラリンピックの試合の映像を見ました。

映像の中で選手たちがシュートを決めたり、ドリブルをしてパスを回すと生徒たちは「すごいね!いけーいけー!」と声を上げて応援したり手をたたいて喜んだりしていました。
そして、最後には声をそろえて、「がんばれ、がんばれ、バスケ!おー!」とエールを送り、実際の交流授業を楽しみにしている様子でした。

桜が丘特別支援学校 藺牟田明教頭

藺牟田教頭「パラリンピックの選手が実際に生徒たちに会いに来てくれると、生徒にとってかなりの励みになります。選手の姿を見て、夢に向かって諦めない姿を学んでもらいたいと思います」

そして、迎えた当日。

東京パラリンピックの車いすバスケットボール男子で銀メダルを獲得した日本代表の川原凜選手や元パラリンピックの選手、三宅克己さんらが学校を訪れました。小学生から高校生までのおよそ140人の生徒との交流会が開かれました。

川原凜選手

川原選手は、長崎市出身で現在、千葉市を拠点とする車いすバスケットボールチーム、「千葉ホークス」に所属しています。障害の程度は、重いクラスの1.5点の選手です。

スピードと運動量を兼ね備えたディフェンスに定評があり、2017年に初めて日本代表入りを果たすと、それ以降すべての国際大会に代表選手として出場してきました。そしてことしは東京パラリンピックに出場し、悲願の銀メダルを獲得しました。

川原選手は最初に、生徒たちにこう呼びかけました。

川原選手「生まれつき足が不自由でしたが 車いすバスケを通じて、何でも好きなことを工夫してやれば、どうにでもなることや周りに感謝すること、ひとつのことを極めたら格好良さがにじみ出ることに気づきました」

そのあと、川原選手や三宅さんらが、生徒たちの目の前で車いすを勢いよく回転させたり、シュートを決めたりすると、生徒たちから「すごい!かっこいい!」などと歓声や拍手が上がりました。

このあと、ミニゲームが行われました。
シュートを決めようとする選手に対して、生徒たちがディフェンスで挑み、会場は熱気に包まれました。

選手が生徒たちの間を縫うようにドリブルをしたり、巧妙なパスを繰り広げていき、生徒は一生懸命車いすを押しながら手を伸ばすなどしていました。

生徒は、間近に迫る選手たちの激しいドリブルやパスを感じながら、声を上げて笑いながら楽しんでいる様子でした。

そして、12月3日は、川原選手の25歳の誕生日でした。
子どもたちから歌のプレゼントもありました。終始和やかな雰囲気で、最後にみんなで記念撮影をしました。

高木優吾さん「きょうは楽しかったです。選手が仲間にパスするのが見られて楽しかったです。これからも頑張っている選手を応援しつづけたいです」

奥村隼人さん「バスケはやったことがなかったけど、きょう一緒にゲームができて、ディフェンスが成功したときは自分でもうれしかったです。選手たちは迫力があってすごかったです」

パラリンピックの日本代表選手だった三宅克己さんは、18歳の時に交通事故で車いすの生活となりましたが、その後車いすバスケと出会い、アトランタパラリンピックやアテネパラリンピックなどで日本代表選手として活躍してきました。現在、精力的に学校などを回り年間500回以上講演会を行っています。

三宅克己さん

三宅さん「私は事故で人生を諦めかけたときにスポーツに出会いました。パラリンピックの面白さは、人間の可能性はすごく無限にあるということを目の当たりにできるところです。誰にでも、その力はあり、どんな逆境でも生きていけるということを多くのひとたちに伝えていきたいと思って活動しています。これからも地道に活動を続けていきます」

川原選手「生徒たちが楽しい気持ちを体で表現してくれていて、僕もうれしかったです。僕自身、車いすバスケを始めていろいろなことにチャレンジしてみようと思うようになり、人生の視野が広がりました。いつもどんなことも諦めないことが自分の成長につながると信じて練習に励んでいます。生徒たちも障害を負って壁にぶつかることもあると思いますが、前向きに取り組んで、諦めなければ絶対に夢はかなうことを伝えたいと思ってきました」

取材後記

最後まで熱い試合を繰り広げたパラリンピック。
頭脳戦、チームプレー、そして車いすから転がり落ちることもいとわない体当たりの迫力、ボールに食らいつくめげない力。車いすバスケの魅力に改めて魅了された観客は少なくないはずです。
ボールを自由自在に操り、目が回りそうなほどの速さで車いすを回転させつつ、無邪気に子どもたちと一緒にバスケットボールのゲームを楽しんでいる川原選手たちの姿は、やはりバスケへの愛であふれていました。
今回、特別支援学校の子どもたちも、選手たちの姿を目の当たりにして、目をキラキラさせて、笑い声を上げていました。ドリブルの時の振動や、車いすの向きを俊敏に変える時の「キュッ」という音、きれいな円を描くパス回し。どれをとっても感動でした。
子どもたちも「すごい、すごい」と大きな声をあげていて、いい思い出ができたと思います。
生まれつき下半身に障害がある川原選手も、18歳から交通事故で車いす生活となった三宅元選手も、想像を絶するほどの「壁」に立ち向かい、幾度となく乗り越えてきたと思います。ふたりは口をそろえて、「前向きにチャレンジすれば夢はかなう」「どんな逆境でも生きていってほしい」と話していました。
選手と交流した、未来のパラリンピアンたち!
選手からの言葉と思い出を胸に、前を向いて歩んでいけますように!

  • 松尾愛

    千葉放送局 記者

    松尾愛

    2013年入局 宇都宮、金沢をへて、現在は千葉局。 ALSなどの難病問題のほか、コロナ関連では医療従事者なども取材。

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