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飲酒運転なぜ繰り返すのか 八街市の事故から教訓を得るために

  • 2021年07月29日
取材に応じてくれた当事者の男性と妻

多くの命が奪われてきた、飲酒運転による交通事故。事故のニュースを聞くたびに、多くの人が憤り、やるせない気持ちになっているのではないでしょうか。6月、千葉県八街市で起きた児童死傷事故でも運転手は飲酒をした後運転をしていました。繰り返し危険が訴えられているにも関わらず、なぜ、酒を飲んだあとにハンドルを握るのか。その理由を知るために、過去に飲酒運転で事故を起こし、今は断酒に取り組む当事者の男性に話を聞きました。

飲酒運転で事故を起こした当事者は

取材に応じてくれたのは千葉県八街市に住む51歳の男性です。過去に2度、飲酒運転で事故を起こしました。

取材に応じてくれた男性

1回目は27歳の時。

結婚式を1週間後に控えて、独身最後の夜を楽しむつもりでした。4軒の居酒屋を渡り歩いて酒を飲んだ後、ハンドルを握りました。帰宅する途中、道路左側の電柱に衝突しました。電柱を倒すほどの事故でしたが、事故を起こした際の記憶はなく、気がついたら病院のベッドの上だったといいます。幸い、事故に巻き込んだ人はいませんでしたが、自身が頭を打つなどのケガをして、包帯を巻いて結婚式に出席したといいます。

2回目は35歳の時。

妻が出産のために実家に帰省していた時でした。会社から1人で車で帰宅する際に酒を飲み、そのまま運転して、電柱に衝突する事故を起こします。車は大破しましたが、男性自身には大きなけがはありませんでした。

若いころの男性

なぜ1度目の事故のあとも、飲酒運転をやめられなかったのか。
男性に聞きました。

男性

「お酒を飲む前は『電車で帰ろう』、『車を置いて帰ろう』、『運転代行を呼ぼう』思っているのですが、お酒が入ると、どうでもよくなってしまうのです」。

記者

「もしかしたら、人をはねてしまうかもということは考えませんでしたか」

男性

「それは考えていませんでした。どうやって飲酒の検問を避けるか、しか考えてなかったです。事故を起こすとか、運転が危ないとか、法律に違反しているとかは、次の次の次、くらいになっちゃうんです」

安全や法律違反は二の次。私も車は運転しますが、答えを聞いて驚きました。

酒を飲んだあとハンドルを握り、飲酒運転を繰り返していたという男性。男性自身は、仕事の悩みやプレッシャーによるストレスで、酒の量が増えただけだと思っていました。しかし、次第に生活が乱れ始め、会社を休職するようになったといいます。

飲酒をやめたい 転機となったのは 

イメージ

40歳の時、朝、布団から起き上がれないような状態になり、枕元にウイスキーを置いて酒を飲み続けるようになったそうです。体を壊した男性は、入院をすることになりました。そこで初めて「アルコール依存症」と診断されたといいます。

男性
「その時ショックだったかと言われると、そうではなくて、ほっとしました。治せるものなら治したい。人生やり直したい。ちゃんと働いて家族を養いたいと思いました」

通院していた病院で、同じアルコール依存症の人たちの自助グループと出会います。各地で活動をしている「断酒会」です。これが、男性にとって大きな転機となりました。
男性が参加した団体では、定期的に会合が開かれ、本人や当事者の家族が、自分たちの経験などについて語り合います。参加していた人たちが次第に酒から遠ざかったという話を聞いて、回復が可能な病気であることを知り、希望を抱けるようになったといいます。

断酒会のパンフレットを持つ男性

男性
「連帯感というか、仲間が酒をやめているから、自分もやめよう。酒を飲んだら再スタートだ。またどん底にいく、ああはなりたくない。不思議なことで、グループの存在によって断酒のモチベーションが保てました」

みずから断酒会を立ち上げる 

それから10年。男性はいまも、酒を断ち続けています。7年前には、地元の八街市に自ら断酒会を立ち上げ、毎月1回、定例会を開いています。7月17日、定例会の様子を取材しました。

定例で開かれる断酒会

この日は、依存症の当事者やその家族、あわせて13人が参加しました。
当事者からは「1日の終わりの酒が、次第に1日の始まりの酒になっていった。飲酒運転は悪いことだとわかっていたが、やめることができなかった」とか、別の男性からは「自分はたまたま事故を起こさなかったとしかいいようがない。定例会に出席することで断酒を続けることができている」などといった声が聞かれました。

取材に応じてくれた男性の妻は、この10年、断酒に取り組む男性を支えてきました。この会合の場で昔を振り返り「車の運転はとにかくさせたくなかった。あのまま飲み続けていたらどうなるかわからなかった」と話しました。そのうえで「今、夫は酒をやめているが、2度と以前のような生活には戻りたくない」と苦しい胸の内を吐き出すように話していました。

八街市の児童死傷事故をどう思うのか 

事故を受けて行われた飲酒検問

6月28日、八街市で飲酒運転のトラックが下校中の小学生の列に突っ込んで5人が死傷した事故が起きました。この事故をどう思うのか。男性は、依存症を克服したように見えますが、「ひと事ではない」と答えました。

男性
「たまたま私は今、お酒をやめ続けていますけど、今回のような痛ましい事件を起こす可能性は十分あると思っています。依存症である私が1秒後、1分後に飲酒運転をしてしまう可能性は、完全に否定することはできない。私自身もいつ加害者になるかわからないから怖いです。
飲酒運転する人間は、いつ人を殺めてもおかしくない。相手やその家族の人生を狂わせるし、本人の家族も路頭に迷わせる。飲酒運転をすること自体が後悔です。事故を起こしてからでは遅い。治療が必要であるならば結びついてほしいというのが、私の言いたかったことです」

飲酒運転ゼロを目指して

飲酒運転に詳しい専門家に、どのようにして飲酒運転ゼロを目指していけばいいのか尋ねました。

愛媛大学 小佐井良太教授

愛媛大学 小佐井良太教授
「飲酒運転は再犯が多いが、繰り返す人の中に一定の割合で、アルコール依存症やその疑いがあるようなアルコールに関連した問題を抱える人たちが含まれている。また、コロナ禍でいろいろな自粛を求められる中で、自宅等に引きこもって通常よりもお酒が進んでしまうケースもあり、社会的な不安や災害などが人々の飲酒行動に影響を及ぼしていることもあるかと思う。
これをやればいいという特効薬があるものではなく、さまざま施策を網の目のように組み合わせていくことが必要だ。アルコール依存症の人を専門の医療につなげることや、飲食店が客が飲酒運転をして帰らないのか確認することなど、人の目で防ぐ対策が1つ。もう1つは、技術を使うことで、アルコールが検出された場合には、車のエンジンがかからなくなる『アルコール・インターロック』というシステムの導入を進めることを考える必要がある。
子どもや何の罪もない人が飲酒運転の被害にあうことは決してあってはならず、これまでの取り組みをさらに1歩進めていかなくてはならない」

取材後記

7月19日、事故を起こした運転手は危険運転致死傷の罪で起訴されました。この運転手がアルコール依存症かどうかはわかりません。ただ、酒を飲んでトラックを運転し、2人の子どもの命を奪ったことは、紛れもない事実です。この事故のあとも、千葉県内では飲酒運転の摘発が相次ぎ、1か月の間に警察は、飲酒運転の疑いで26人を逮捕したと発表しています。
なぜ、飲酒運転はなくならないのか。自分だけは大丈夫、あとちょっとで到着するから大丈夫、バレなければ大丈夫。こうした気持ちがあるのではないでしょうか。
酒を飲んだら、車は運転しないで下さい。運転しようとしている人を見たら、止めて下さい。飲酒運転をさせない、飲酒運転は許さないという、多くの人の強い気持ちが、1人でも多くの命を救うことにつながると思います。(千葉放送局/記者 福田和郎)

取材班では八街市で起きたような事故を2度と繰り返さないよう、「危険な通学路」について、多くの人たちと一緒に考え、解決策を探っていきたいと考えています。ぜひあなたが危険だと感じる通学路について、投稿フォームから情報をお寄せください。

  • 福田 和郎

    千葉放送局 記者

    福田 和郎

    2006年入局。社会部などを経て現在千葉県警キャップ。趣味は猫。

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