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父から性暴力を受けた山本潤さん 被害者が泣き寝入りしない社会を目指して

  • 2021年4月8日

「性暴力が自分の周りで実際に起きていて、繰り返されている事実をみんな見たくも知りたくもない。だから被害は明るみにならず、誰も処罰されず、被害者は苦しみながら日常を何とか生きているんです」
5年前、ある性暴力の被害者の女性にマイクを向け、返ってきた言葉に頭を殴られたような衝撃を受けました。「みんな見たくも知りたくもない」という言葉に、私自身もそうした社会を作り出すことに加担しているのではないかと気づかされたからです。その女性の名前は、山本潤さん。実の父親から性暴力を受け、10年前から顔と名前を出して被害の実態を伝えてきました。山本さんが目指すのは、被害の実態にあわせた刑法の改正です。
(さいたま局/記者 信藤敦子)

実の父親から性暴力 トラウマ症状に苦しみ続けて

埼玉県に住む山本潤さんの日常は、13歳のときに一変しました。父親が夜、寝ている布団に入ってきて身体を触るようになったのです。

母親には、家庭が壊れることを恐れて助けを求められませんでした。性虐待が明るみになりづらい理由の1つです。

山本さんは、誰にも打ち明けることができないまま、20歳で父親から離れましたが、看護師として働きながらも、トラウマ症状に苦しみ続けます。

激しい不安や怒りをコントロールできず、うつ状態になりました。

山本潤さん
「どこの家でも起きている当たり前のことだと思って受け入れるしかありませんでした。でも、我慢できないくらい耐えられないから、自分の感情や感覚をすべてシャットダウンして生きてきた結果、何十年もトラウマ症状に苦しむことになりました。心ない人からは、『犬にかまれたと思って忘れなさい』とか、『なかったことにしなさい』とよく言われてきましたが、人生のすべてに影響を及ぼすのに、なかったことにはできない。例えるなら、事故で体の一部を失って、そのこと自体をなかったことにしなさい、と言われるのと同じことなんです」

被害を訴える壁は「抵抗できないほどの暴行や脅迫」

山本さんは、約10年前から顔と実名を出して実態を訴える活動を続けてきました。性暴力で多くのことを失った自分が人前に立つことで、人生を踏みにじられるような“被害の理不尽さ”を伝えたかったと言います。

講演で被害の実態を訴える山本さん

こうした活動が国会議員の目にとまり、4年前には刑法改正のための参議院の法務委員会に「参考人」として参加。「監護者」による18歳未満の子どもへの性的暴行が処罰できるようになるなど、性犯罪に関する刑法が110年ぶりに改正されました。しかし、山本さんたちはまだ十分な内容とはいえず、多くの積み残しがあると訴えます。

2017年6月 参考人として参議院の法務委員会で発言

山本さんが強く求めているのは、「暴行脅迫要件」の見直しです。同意のない性行為の加害者を処罰するには、「相手が同意していないこと」に加えて、加害者が暴行や脅迫を加えるなどして、「被害者が抵抗できない状態につけこんだ」ことが立証されなくてはなりません。

山本さんたちは、この要件があることによって、警察などで被害を訴えても被害と認められず、裁判にすらたどり着かず、泣き寝入りする被害者が多くいると考えています。

山本潤さん
「多くの被害者が、被害後に訴えられる状態になっても、時効がきて罪に問うことはできない。私自身、今でこそ被害について話せますが、もし裁判で証言を求められたとしても、30代後半でも耐えられる状態ではなかったと思います。一方で、多くの加害者は何の償いもせず、責任もとらずにのうのうと生きている。そのうえ、また同じことを別の人にしたりしている。法律と司法の制度って一体何のためにあるのだろうと、すごく考えますね。こんな状況は、何としても変える必要があると思っています」

被害の認識に平均7年半 6000人の被害者の声

被害の実態を踏まえた刑法にしてほしい。山本さんは、性暴力の被害当事者で作る団体「Spring」を結成し、刑法改正に向けて活動しています。

「全ての人の願いが叶うように」と2017年の七夕の日に設立した

団体では去年、性被害の実態調査を実施しました。インターネット上で、約6000人もの当事者から回答が寄せられました。性被害に関する調査で、これだけの数が集まるのは異例のことです。

研究者が分析した結果、性暴力被害者の多くが、明確な暴行や脅迫がなくても恐怖で抵抗できなかったことや、被害だと認識するまでに平均で7年半かかっていたこと、特に被害を受けたときに6歳以下だった場合、4割以上が被害の認識までに11年以上かかっていたことが明らかになりました。

さらに、山本さんたちの団体では、もっと性暴力根絶の機運を高めようと、被害当事者にとどまらず、多くの人から性暴力や刑法改正についてのメッセージを集める「One Voice」というキャンペーンを始めました。

「あなたは絶対悪くない」「ひとりひとりに力がある」―。
集めたメッセージを紹介した動画には、被害者に寄り添い、社会に行動しようと訴える声が数多く紹介されています。これまでにおよそ1000人の声が集まり、その輪は広がり続けています。

山本潤さん
「電車に乗って痴漢にあわないとか、トイレで盗撮されないとか、誰かの性的な対象物として見られ、被害を受けたり襲われたりしないで、自分らしく自由に生きられるというのが性暴力のない社会になることだと思います。女性の多くは、『気をつけなさい』とか『用心しなさい』とか、いまだに言われます。ただ、考えてみてほしい。周りの男性たちは用心しなければいけない人たちなのでしょうか。人間として信頼してコミュニケーションをとれない人たちなのでしょうか。私はそうではないと思うんです。性暴力は人間としての権利の侵害です。決して許してはいけないことで、次の世代の子どもたちのためにもなくしていくべきことです。それが当たり前の社会になる必要があると思います」

被害当事者として初めて刑法改正の検討会の委員に

多くの人の期待を背負い、山本さんは再び、国に声を届けることになりました。

去年6月から法務省で始まった刑法改正の検討会に、正式な「委員」の1人として選ばれたのです。被害当事者の委員は、山本さんが初めてです。

検討会に出席するため法務省に入る山本さん

「国際女性デー」と重なった3月8日の検討会では、山本さんたちが訴えてきた暴行や脅迫に関する処罰の要件が議題でした。法務省の外では性暴力の根絶を訴えるフラワーデモが開かれ、多くの人が花を手に、山本さんに思いを託しました。

3時間をかけた会合で、山本さんは、加害者を前にしたときに抵抗できない被害者の実態を委員として改めて訴えました。山本さんはこの日、議論が一歩前進した手応えを得たといいます。検討会の議論はいま、最終盤を迎えています。

被害者が救われ、加害者が適切に裁かれる。そんな当たり前の社会に変わるために何より必要なことは、「知る」ことだと山本さんは言います。

山本潤さん
「同じような被害者を出したくないというのが、強い思いです。同意のない性行為は性暴力であり、性的暴行だときちんと理解したら、行動も見方もきっと変わってきます。まずは知ることから始めてほしいです」

<取材後記>

5年前に山本さんに出会って以降、私は多くの性暴力の被害者から話を聞かせてもらいました。
被害の多くが顔見知りから起きること。被害を信じてもらえず、嘘つき呼ばわりされるような深刻な2次被害があること。被害をなかったことにしようと思っても、日常生活も送れないくらいのトラウマ症状に襲われること。何一つ落ち度がないのに、自分を責め続ける人。性暴力の実態は、理不尽な現実ばかりでした。
山本さんは、ここ数年で社会は大きく変わってきたと手応えを感じています。フラワーデモなど、公の場で被害について話す人が増え、実態が知られてきたこともその1つです。「知ることから始めてほしい」という山本さん。まずは、月1回全国で開かれているフラワーデモに足を運んでみるのはどうでしょうか。被害者も加害者も出さない社会は、1人の被害者の苦しみを知ることから始まるのだと思います。

  • 信藤敦子

    さいたま局 記者

    信藤敦子

    2009年入局。新聞記者を経てNHKに。高松局、科学文化部を経てさいたま局の県政担当。性暴力やジェンダーの問題を継続取材。

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