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自殺を思いとどまらせたい 茨城県稲敷市 悩む人に行政から寄り添う

~個人情報と心の壁を乗り越えて~
  • 2021年3月16日

自殺を防ぐための相談先はさまざま設けられていますが、死にたいと思い悩む人が自分から相談することは簡単ではありません。悩みのある人に積極的に寄り添い、ひとりでも自殺を思いとどまらせたい。市の職員の思いが一歩進んだ自殺対策を実現しました。
自殺未遂をした人の情報を関係機関が共有して、悩みのある人に積極的に寄り添うことで問題を解決しようという、全国でも珍しい茨城県稲敷市の取り組みです。
(水戸放送局/記者 三輪知広)

実効性ある対策を 自殺防止への強い思い

茨城県稲敷市役所で自殺防止対策を担当している橋本大河さん(37)。精神保健福祉士の資格を持ち、自殺対策に7年間取り組んでいます。この日は妻に先立たれた孤独感から自殺を図った高齢男性を訪ね、話をしました。

茨城県稲敷市職員 橋本大河さん

橋本さんは、アルコール依存の傾向がある人や経済的に困っている人など悩みを持つ人のもとに、毎日のように出向いて相談に応じています。時には、本人に代わって病院の予約を取り、通院に付き添うこともあります。

橋本さんは、過去の悔しい経験から、特別な思いを抱きながら仕事にのぞんでいました。

茨城県稲敷市職員 橋本大河さん
「過去に友人を自殺で亡くしてしまったんです。何としても、1人でも防いでいきたい」

当時、進学や就職など、お互いに環境が変わり、亡くなった友人とやり取りをすることは減っていましたが、橋本さんは、いまでも「あの時、少しでも悩みを聞くことができていれば」という思いをぬぐうことができずにいます。さらに、残された家族が、悲しみにうちひしがれる様子を目の当たりにして、大切な命を自殺で失ってほしくないという思いを心に刻んだということです。

支援が必要な人に届かない

強い思いで自殺対策に臨む橋本さんですが、実は、自分が思い描くような活動ができるようになるまでは時間がかかりました。

橋本さんが働く茨城県稲敷市は、人口10万人あたりの自殺者数が24.18人と、県の平均を8.68人上回っていて、自殺対策が市の課題となっています。
市では、電話や面談などで悩みを抱えた人からの相談を受け付ける体制をとってきましたが、死にたいと思い悩む人からの相談は実際にはほとんどありません。

橋本さんは相談を受け付けるという方法では、本当に必要な人に支援が届かないと感じていました。

茨城県稲敷市職員 橋本大河さん
「『いろんな相談機関ありますよ、ここに相談したらいいよ』とあります。でも、本人に相談する力がなかったら相談しに行けないんです」

関係機関で情報共有 自殺未遂者に“アプローチ”

行政の側から支援が必要と思われる人にアプローチしていくことが必要なのではないか。そう考えた橋本さんは、新型コロナの影響を受ける人への自殺対策も急がれる中、去年11月、関係機関と調整を進め、ある仕組みを定める協定の締結にこぎ着けました。

協定で定めた仕組みでは、最初に自殺未遂の現場に立ち会う警察や消防が、本人や家族から同意を得た上で、市に情報を提供します。
情報を受けた橋本さんたち市の担当者が、本人に連絡を取り、悩みを聞いて必要な支援や医療機関につなげるのです。

茨城県稲敷市職員 橋本大河さん
「金銭的だったり人間関係だったり、さまざまな問題において『支えてくれる味方がいればいいな』と思ってもらった時に市も関われる形になりました」

届いた思い 「孤独や悩みに寄り添い続けてくれている」

新たな仕組みに基づき、橋本さんたちは動き出します。警察から情報提供があった40代の女性に、橋本さんは「悩みを打ち明けてほしい」と連絡を取りました。

女性は職場の人間関係の悩みや病気で働くことができなくなり、10年以上、自宅に引きこもる生活を続けていました。感染が拡大する中で、俳優の相次ぐ自殺などをニュースで見聞きするうちに生きる希望を見失い、薬を大量に飲んで自殺を図りました。

支援を受けている女性
「コロナ禍で父親と一緒に家にいる時間も長くなってしまって、結婚して、子どもがいて、親に自分の子どもを見せてあげるのが親孝行ではないかと考えたときに、自分は何をしているのだろうと、年をとっていく両親を見て、何もできない自分が、すごく情けなかったというか。死んでしまいたいなって。残された人間のことを考えたら、そんなこと(自殺)をするのは、どうかと思いますが、“死にたい”だけが頭の中でいっぱいになってしまいました」

女性は辛い気持ちを共有してくれる人を求めていた一方で、行政の支援については“気持ちを理解してもらえないだろう”という思いから、抵抗感や不信感があったといいます。
そんな中、女性は橋本さんから電話で連絡をもらいます。自殺を図って病院に運ばれた数日後のことでした。それから何度も橋本さんと会って話を聞いてもらう中で、孤独や悩みに寄り添い続けてくれていると感じ、気持ちに変化が生まれました。

支援を受けている女性
「いちばんうれしかったのは、橋本さんが共感してくれたことです。私が『自殺未遂をした人は次が怖いですよね』と言ったときに、橋本さんも『そうなんだよね』と言ってくれました。その時に、私の気持ちを分かってくれているのだと思いました。橋本さんとの、いい出会いがあったと思っています」

友人にも理解してもらえなかった心の奥底にある不安を、無条件で受け入れてもらった安心感に包まれた瞬間でした。

個人情報と心の壁を乗り越えるために

関係機関の連携で、自殺対策は一歩踏み込んだ支援を行う糸口がみつかりましたが、課題も少なくありません。
そのひとつは自殺を図った当事者の理解をどう得ていくかです。支援を可能にするには関係機関が個人情報を共有することについて了解を得ることが必要となります。自殺未遂をした現場で、心が乱れている当事者。その本人が支援につながろうと思ってくれるには、どのような言葉をかけていけばいいのか、警察と検討を重ねています。

警察の担当者と話をする橋本さん

個人情報の壁、そして当事者の心の壁。橋本さんは、関係機関と知恵を出し合い支援につなげていくことで、みずから命を絶つ人をゼロにしたいと考えています。

茨城県稲敷市職員 橋本大河さん
「情報をいただいた一人ひとりのケースを大事にしていきながら、勇気を出して話してもらい『話してよかった』と言ってもらえるような対応を目指しています。
こういった取り組みが、稲敷市の方でうまくいっているなら、うちの自治体でもやってみようかと思ってもらえるように、仕組みをよりよくしていきたいです」

取材後記

「悩みを打ち明けてほしい」と踏み込んだ相談のあり方への変化は、従来の行政の相談の在り方を大きく変える取り組みです。実現までの道のりについて橋本さんに尋ねたところ、警察署の協力、稲敷警察署の永沼義道署長の尽力も、実現に大きな力になったと話していました。

実際に永沼署長に話をうかがうと、友人を自殺で亡くした経験があり、いまもアドレス帳に友人の連絡先を残していることを明かしてくれました。そして、協定締結にあたって市民の命を守る警察官の責務を感じたということで、「取り組みに魂を入れていきたい」と話していたことが印象に残りました。
大切な人を亡くした痛みを知る人たちの強い思いが、相談体制の変化を進める上で、大きな力となったのではないか、そう感じています。

また、橋本さんと永沼署長は、担当者が誰になっても継続していける仕組みにしていくことが重要だと話していて、この点についても大切なことだと思いました。

いま、長期化する新型コロナの影響で、不安を抱える人が増えています。つらい思いをしている人に寄り添うことは簡単なことではありませんが、わたしたちも、少しでも不安な気持ちを受け止めることはできるのではないでしょうか。それが自殺を防ぐ一歩となるとともに、生きづらさを抱える人たちが、前を向いて生きられる社会につながっていくように思います。

厚生労働省は「ひとりで悩みを抱え込まずに身近な人や支援機関、自治体の窓口などに相談してほしい」と呼びかけていて、各地の相談窓口を紹介するサイトを設けています。

https://shienjoho.go.jp/

  • 三輪知広

    水戸放送局 記者

    三輪知広

    2003年入局。松江、松山、新潟、東京を経て、2018年から水戸局に勤務。行政、原発のほか、自殺対策やひきこもりの問題などを取材。ニュース7やおはよう日本のニュース制作を担当。

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