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料理は女性がするものですか?“料理のジェンダーフリー”とは

  • 2021年2月4日

取材のはじまりは、一人暮らしにうってつけだと知人に勧められた、時短料理のレシピ本。
そのなかの見慣れない言葉に目がとまりました。「料理のジェンダーフリー」ってなんだろう?
(首都圏局/ディレクター 松田大樹)

毎日の料理 誰が作る?3世帯に2世帯は共働きだけど

私は現在、28歳の独身です。以前は、帰りが遅くなると外食が多くなりがちでしたが、新型コロナの影響で、在宅の時間が増えた結果、食材を買い込んで台所で格闘することが増えました。
自分がつくったものを自分が食べる分には、不自由なく過ごせていると思います。しかし、いつか結婚したとして、家族ができたとして、どんな生活になるのか想像したことはありませんでした。

いま、共働き世帯は1245万世帯に増えています。一方、専業主婦世帯は575万世帯で、3世帯に2世帯は、夫婦ともに働きに出ているというわけです。
しかし、去年、民間の調査会社が行った「共働き夫婦がどのように家事を分担しているか」の調査では、こと「料理」の分担に関して、女性が77%、男性が22%と大きく差がついたままです。

「料理は女性がするもの」という古い価値観は、若い世代を中心に取り払われつつあるように思います。それにもかかわらず、差が縮まらないのは、いったいなぜなのでしょうか。

“楽飯”で台所の垣根をなくしたい

その問いの答えが見つかるかもしれないと、私はレシピ本の中で「料理のジェンダーフリー」を提唱している料理研究家のウエキトシヒロさんの料理教室を訪ねました。

ウエキトシヒロさん
「女性の方がどうしても料理をして、男性はあまり料理をしない、という現実。これを何とか変えることができないかと考え、料理のジェンダーフリーということを言わせてもらっている」

都内在住のウエキさんのつくる料理のコンセプトは、“楽飯”(らくめし)です。簡単に手早くというキーワードを意識しています。男女関係なく、台所に立つ人を増やすことで垣根を無くしていきたいと考えているのです。

取材のきっかけになったレシピ本 料理のジェンダーフリーについても書かれていた

例えば、鶏つくねが入った野菜たっぷりのスープは、ニンニクをつぶしてナベに入れ、少量の塩としょうゆで味付けします。それだけで、もつ鍋風の味わいになるといいます。
ウエキさんは、「野菜の切り方は、ふぞろいでも問題ない」、鶏つくねのひき肉のこね方も「あまり時間をかけない」と繰り返し伝えていました。見た目にもボリュームのあるスープは10分足らずで完成しました。

この日の料理教室の参加者は、密にならないよう定員は6人にしました。うち3人が男性で、在宅時間が増えたことで最近料理をするようになったという初心者がヒントを求めてきていました。

「どこまでレシピに忠実につくればいいのか」「楽できるポイントはどんなところなのか」時間がたつにつれて、積極的に質問が飛び交うようになっていました。

参加者
「包丁もうまく使えないけど、ウエキさんの『キッチンバサミでもいいよ』というアドバイスを聞くと、何か心の荷がフッと下りる感じですね」
参加者
「やっぱりある程度は融通利かせて、レシピ通りじゃなくていいんだって、材料は1品2品なくてもいいんだなと思いました」

レシピ掲載の依頼も「ちょっと男性の方は…」と言われて

ウエキさんが「料理のジェンダーフリー」について深く考えるようになったのは3年前に経験した、あるできごとがきっかけでした。

当時、顔を出さずにSNS上で時短レシピを投稿していたウエキさん。あるWEBメディアからレシピの掲載の依頼がきました。しかし…。

ウエキトシヒロさん
「『ありがとうございます、僕で良ければ』とメールで返したら『あっウエキさん、男性の方だったんですね。今回は女性向けの時短レシピなのでちょっと男性の方は…』と言われて、まだまだ“料理っていうのは女性向けで、その作り手も女性であってほしい”みたいのがあるんだなって」

イメージの壁を突きつけられ、誰がやってもいいはずの料理に「境界」が存在することを身にしみて感じました。

「こうでなくてはいけない」思い込みをなくしたい

それ以来、ウエキさんは顔出しでレシピを投稿したり、ライブでの配信をするようになりました。「男性が時短料理をやってもいい」ことを世の中に伝えたいという思いからです。
最近では、新型コロナの影響で在宅時間が増えたことも追い風に、ふだんは料理をしない男性からの反応も増えているといいます。

「野菜は生の方がいいけど、冷凍のものがあればそれでOK」
「包丁にこだわった料理はしない方がいいですよ」
「材料には書いてありますが、片栗粉がなくても大丈夫です」

どのレシピでも「こうでなくてはいけない」という思い込みをなくして、ハードルを下げようとする声かけが印象的でした。

ウエキトシヒロさん
「『男飯』みたいな事をいろいろ求められることが多い。こだわりの作り方は何ですかとか、そういう事をすごく聞かれるけど、実は簡単に作れるのがこだわりなんですよと言うと、結構驚かれるというか、『男性でもそういう考え方の人がいるんですね』とか言われることがあって。『女性は節約・時短レシピ』、『男性はこだわりの料理』というなんとなくの“すり込まれたイメージ”が壁をつくっているのではないか」

雑誌や広告におどる「男のこだわり“週末”料理」「主婦の簡単節約料理」―。言われてみれば、「差別」という考えはないにしろ、「なんとなくある」イメージです。

男性の自分はその「なんとなく」のイメージによって成り立っている環境に甘んじているのではないか、逆に、そのイメージのせいで苦しんでいる人もいるのではないか。 
私自身、ハッとさせられました。

ウエキトシヒロさん
「男性が簡単にすぐ作れて、家族のためになる料理を発信するのも大事なこと。例えば冷蔵庫の中のもので料理作るとか、15分以内に料理作るとか、そういう所に喜びを感じるように仕組みをかえたいと思っている」

在宅勤務で毎日の食事を作るように 自分の料理は“自己満足だった”

去年4月から在宅勤務になったことで、働きに出る妻の代わりに毎日の食事を作るようになった人がいます。
広告制作会社で働く、川崎市の麻生合歓さん(34)です。

この日の夕食は肉じゃが。材料は、冷蔵庫にもともとあった、ジャガイモ・にんじん・タマネギ、それにスーパーで安くなっていたという牛すじ肉です。

皮を剥いた野菜をそのまま、電子レンジで5分加熱し、大きめに切って、肉と調味料と一緒にナベに入れます。あとは煮込むだけです。

麻生合歓さん
「できるだけ時間をかけずにできる方法を探しています。これくらい気を抜いていいと思うと大変じゃないなと思います」

煮込んでいる間は、洗い物をするかたわらに仕事のメールを確認するなど、効率的にこなすのが印象的でした。

実は、麻生さんはこれまでは気が向いたときに趣味の料理を楽しむことはしていましたが、仕事が忙しいこともあり、ふだんの食事は妻に任せきりになっていました。

麻生さんが作った3時間煮込んだビーフシチュー

麻生合歓さん
「ビーフシチューを3時間煮込んで、こまめにアクを取ってこだわってやっていたなって。自己満足だったと今では思います。毎日やるなら続かない。たぶん、僕の中での料理のイメージってそういうちゃんとしているイメージがすごいあって、一汁三菜じゃないですけど、メインがあってご飯があって副菜があってスープがあって、そういうものが料理なんだなと思って、すごく気合入れていたっていう気がします。たとえ在宅勤務が終わったとしても、この経験は自分の中に残る。コロナが終わってもできることはやっていきたいし、家族の時間を大切にできたらいい」

もともと家事は夫婦で分担することにしていましたが、この在宅期間で台所に立つ時間が増えたことで、家族のことを考える時間も増えたと実感しています。

感染症が流行したことで私たちの生活は一変しました。でも、この異常事態で得た気づきをこれからも大切にできれば、コロナ禍が過ぎ去ったあと、よりよい生活に変わっていけるのかもしれません。

取材後記

「ジェンダー」について考えることはとても難しいと今回の取材でさらに感じました。
この記事自体が、間違って伝わってしまうと、逆に「料理は女性がするもの」というレッテルを貼ることになってしまうのではないか、さらに分断を深めてしまうのではないか、そういう怖さもありました。
それでも、これまでの「当たり前」とされてきたことの中に「見えない境界」はないか、日頃から気をつけてみることで、誰かにとって優しい、より暮らしやすい世の中になるのではないかと思いました。

おまけ ~鶏つくねが入った野菜たっぷりのスープの作り方~

だしを使わなくても、もつ鍋のように少しニンニクの効いた味付けがポイントです。

<材料(2人前)>
鶏ひき肉 150g
ニラ   ひと束
もやし  一袋
にんにく 2片
水    800ml
塩    少々
コショウ 少々
しょうゆ 大さじ1

<作り方>
(1)鶏ひき肉は塩を加えてよく練る。ニラは5cm幅に切る。ニンニクは包丁の腹などで上から潰す。
(2)鍋に水とニンニクをいれ火にかけ、沸騰したら鶏ひき肉をスプーンなどで丸めていれる。
(3)もやしを入れ、最後にニラを入れて、しょう油。塩、黒こしょうで味を調えて完成。

★ウエキさんからアドバイス
・野菜はそのときあるもので代用可能です(にんじん・大根など)。また、野菜を切るときは調理ばさみを使ってもOKです。
・料理のプロはひき肉の色が変わるまでこねてから肉団子をつくりますが、そこまでしなくても粘りけが出るくらいで十分です。形は多少くずれてもご愛敬。
・ひき肉がなければ豚肉の薄切りを入れたり、家にあるものでアレンジ可能です。

  • 松田大樹

    首都圏局 ディレクター

    松田大樹

    2015年入局。長崎局で国境離島や原爆関連を取材し、2019年から首都圏局。 これまで五輪や災害関連、コロナ禍の教育現場などを取材。

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