「マスクをつけていない方は入店をお断りしています」
最近は街なかでこうした貼り紙などを目にすることが少なくありません。
新しい生活様式の1つになったマスクの着用ですが、実はマスクをつけたくてもつけられない人がいるのを知っていますか?マスクをつけると体に異変が生じて、さまざまな症状が出てしまう人たちです。
「マスクをつけないのはわがままだ」と思われるのではないかと悩んでいる人もいます。見た目ではわからないつらさを知ってもらおうと当事者が声を上げ始めました。
「できることならマスクを外していたいです」
そう話すのは、神奈川県藤沢市に住む米澤美法さんです。生まれつきの肌の病気で、汗をかく機能に障害があり、体温の調節が困難な症状を抱えています。子どものころの体育の授業も、暑い日は具合が悪くなってしまうため、なるべく見学するようにしていたといいます。
米澤さんが、マスクが苦手なことに気が付いたのは、新型コロナウイルスの感染が広がりだしたころでした。マスクをつけるとチクチクしたりゾワゾワしたりする感覚があり、長時間つけていると気分が悪くなりました。特に不織布のマスクが苦手で、手作りのガーゼのマスクなどさまざまな種類のマスクを試しながら、不快な感覚を我慢してつけていました。
ところが、気温が上がり暑くなってきた5月、さらなる異変に襲われました。マスクをつけて外出したところ、顔が腫れ、体温が38度まで上がり、熱中症のような症状になってしまったのです。マスクをつけ続けると命に関わるのではないかと感じたといいます。
米澤美法さん
「熱がこもってしまうことで、気分が悪くなります。相当ひどい頭痛が来るので、薬を飲んで寝るという感じです」
米澤さんは、今はマスクの代わりにフェースシールドをつけて外出するようにしています。それでも熱がこもってしまうため、涼しいところでも1時間が限度だといいます。こうした悩みは見た目ではほかの人に伝わりません。なかなか周りの人に説明する機会もありません。一方で、マスクをつけていない人の入店を断るような貼り紙を街で見かけるたびに、苦しい気持ちになると話します。
米澤美法さん
「銀行とか、必要があって行かなきゃいけないお店とかでもマスクが必須で、『マスクのない方は入店をお断りします』という表示を見てしまうと本当にきついです。そういう時の白い視線に耐えるのは、結構きついですね」
発達障害にともなう感覚過敏が原因でマスクをつけられない子どももいます。感覚過敏とは、視覚や聴覚など五感が敏感に反応してしまう症状です。
首都圏で暮らす小学1年生の男の子も発達障害と診断され、感覚過敏の症状が出ています。
男の子の場合、モノに触る「触覚」が過敏に反応して強い不快感につながっていると考えられ、これまで数種類のマスクを試しましたが、どれも嫌がってつけてくれないのです。
男の子の母親
「まずゴムが耳にかかるのが嫌。痛いというよりも触れられたくない。学校でマスクをしてないのもうちの息子だけなので、後ろめたい気持ちがあります」
マスクをつけられないことで、諦めなければならないこともありました。通っていた学習教室から、ほかの子どもへの影響を考えて出席を控えるように言われたのです。
男の子の母親
「障害がある子どもたちは、いろいろなことを体験するチャンスがとても少ないんですね。そのチャンスがなくなってしまったのが少し悲しいなと感じています」
感覚が過敏になる症例は認知症やうつなどでも報告がありますが、感覚過敏が起きるメカニズムについては研究が始まったばかりです。
国立障害者リハビリテーションセンター研究所で発達障害における感覚過敏の研究をしている井手正和さんは、マスクがつけられないのは、刺激に対する脳の反応と考えられ、わがままや我慢不足で済ませることはできないと指摘しています。
井手正和研究員
「脳の中で強い反応が起きて、マスク着用が困難になっているのではないかと思います。マスクを何度か着用してみて慣れさせるということを試みていても、なかなかうまくいかないこともあると思います」
マスクがつけられないことで外出をためらう状況を変えたいと声を上げ始めた人もいます。中学3年生の加藤路瑛さんです。
加藤さん自身も味覚や嗅覚が敏感で生活に支障があり、マスクをつけるのも苦手です。こうした症状を知ってほしいと、ことし1月、SNSの仲間と事業のひとつとして「感覚過敏研究所」を立ち上げ、情報交換サイトを作りました。
新型コロナの感染拡大によってマスクの着用が求められる機会が増えるにつれ、サイトには「マスクが苦しくて途中で外したくなってしまう」とか「つけやすいマスクの情報や対策があれば教えてほしい」などの相談が寄せられるようになりました。
こうした声に応えようと加藤さんが作ったのが、「マスクがつけられません」と書かれた意思表示カードです。外出するときにカードホルダーに入れて首から提げたり、帽子につけたりすれば、マスクが苦手なことを言葉で説明しなくても周りに知ってもらうことができるといいます。
カードは「マスクが苦手です」や「フェイスシールドがつけられません」など数種類あり、感覚過敏研究所のホームページから自分の感覚にあったものを無料でダウンロードできます。
ただ、新型コロナウイルスの感染者が再び増加している今、加藤さんはマスクをつけていない人がいると不安になる人がいるのは当然のことだと考えています。
そこで、加藤さんが考えたのがマスクの代わりに持ち歩く扇子です。話をするときなどに口元に持って行けば飛まつをある程度、遮ることができるのではないかと考えました。飛まつを遮る効果はマスクほどではありませんが、感染対策にも気を遣っているのです。
加藤さんは、マスクがつけられないことを声高に主張するのではなく、自分たちの側からできることを示して、話し合うきっかけになればと期待しています。
加藤路瑛さん
「今はコロナの影響で、マスクをつけていない人がいたら、みなさん心配になると思います。感覚過敏でつけられないからマスクなしのままで『店に入れろ』みたいな上から強く言う感じではなくて、例えば、お店に入りたいときに、『どうしても感覚過敏が理由でマスクがつけられないんです。どうにか入る方法はありませんか』、などといったコミュニケーションのきっかけとしてカードや扇子を使ってほしいです」
加藤さんはこれに満足せず、これからもマスクの代わりになるものを考えていきたいと意欲をみせています。
「わざわざ説明する機会がなくて…」。
取材の中で聞いたこの言葉が印象に残りました。周りとコミュニケーションをとる機会が減っているいま、周りの人の困りごとに気づく機会も減っているのかもしれません。
まずはわけあってマスクをつけられない人がいることを知り、相手の立場や思いを想像することから始めていきたいと思いました。