新型コロナで苦境の福祉作業所 ピンチをチャンスに

  • 2020年7月21日

「福祉作業所」。ここは障害のある人が、働くことを通してやりがいや社会とのつながりを感じるとても大切な場です。 新型コロナウイルスは、ここにも大きな影を落とし、多くの作業所で仕事が減り窮地に陥っています。しかし、このピンチをチャンスに変えて活動の幅を広げることに成功した作業所も出ています。

(首都圏放送センター 直井良介)

おばの通う福祉作業所のSOS

私のおば、鈴木直美(65)は、知的障害があり、ふだんはグループホームで生活し、都内の福祉作業所に通って仕事などをしています。

記者とおば

ことし4月下旬、当面のおばの生活プランなどを決めるためにグループホームや作業所の職員と打ち合わせをしていたところ、こんな話が出ました。
「新型コロナの影響で仕事が減って直美さんの仕事が確保できず、どうにかしてあげたいんです」

詳しく聞いてみると、消費税増税などの影響でおばが通う福祉作業所の仕事が減少し、そこに新型コロナウイルスによる影響が重なって、仕事の受注が激減しているというのです。
通ってくる人たちに仕事を工面できない日もあり、おばも、仕事ではなく塗り絵をして過ごすことも少なくないといいます。

おばは頑固なところはあるけれど、会うとうれしそうに僕の手を握って、作業所でもらったお金の中から「 “さくちゃん”(私の息子)に」とプレゼントを買ってくれます。

外での仕事が大好きで、60歳を超えても元気にみんなの先頭を歩いていたといいますが、最近は「散歩で外に出ても、みんなの後ろをついて行くことが増えた」とのこと。大好きだった仕事がなくなったことが原因なのか、おばは元気をなくしていました。
「こんなに仕事がないのはリーマンショック以来のことで、本当に大変なんです」とおばの作業所の職員も落ち込みを隠せない様子でした。

見えてきた深刻な実態

おばの通う作業所の現状を知って、私は東京を中心に福祉作業所に新型コロナウイルスの影響について取材を進めました。

「お菓子や小物を作ってもイベント自粛などで販売する場がない」(千葉県松戸市の作業所)
「作業が受注できないため、散歩して過ごす日もある」(江東区の作業所)
「感染対策に不安があり、作業所の運営自体を自粛している」(千葉市の作業所)

中には作業所に通う人たちの精神的な影響を不安視する深刻な声もありました。

「精神症状が強く出ている。うつの症状がより大きくなった」(府中市の作業所)
「利用者が家で暴れて、いすを投げた」(葛飾区の作業所)
「感情の制御が難しくなっている」(葛飾区の作業所)

苦悩する作業所の現状

千葉県松戸市にある福祉作業所「ワークライフまつさと」では、知的障害があるおよそ50人が働いています。
ここは、千葉県でも指折りの歴史がある作業所で、自慢の手焼きせんべいを地域のイベントで販売したり、市内の駐車場の清掃作業をしたり、利用する人それぞれの個性にあわせて仕事を割り振り、地域とのつながりを大切にしながら障害のある人の生活を支えてきました。
「ここは利用者の皆さんにとって、仕事をする場であると同時に、仲間と過ごす大切な場所でもあるんです」と施設長の青柳孝さんは話していました。

しかし、新型コロナウイルスの影響で、イベントが相次いで中止になり、せんべい作りはストップしました。駐車場の清掃業務も委託元の企業が経営不振に陥り、作業が大幅に減少。残っているのは製品の箱詰めなど、ほとんどが企業からの下請け作業になりました。これまで1人が担当していたダンボールの組み立て作業の工程を細かく分けて、複数の人数で作業するなど、なんとか全員に仕事がまわるように工面している状況です。

おせんべいを作るのが上手な人も、外での作業が好きな人も、みんな、黙々と作業をしているように見えました。しかし、スタッフによると、「駐車場のお掃除ないの?とか、外の作業ないの?とか、“物足りない不満” を職員に話してくる」といいます。
『みんなのやりがいを失わせたくない』と、作業所の職員は、過去の取引先に電話をかけるなど、仕事を得るために必死に営業をかけていました。

ワークライフまつさと 青柳孝施設長
「その人らしく生きるための手段のひとつに働くことがあると思っています。なんとか新しい仕事を見つけていきたいと思ってます」

福祉作業所の7割が活動縮小

新型コロナウイルスの影響による厳しい福祉作業所の実態は、調査でも明らかになっています。
全国の福祉作業所で作る団体「きょうされん」が、4月の下旬から5月の上旬にかけて都内およそ100の福祉作業所に行ったアンケート調査では、およそ7割の作業所が新型コロナの影響で『作業所の活動を縮小している』と答えました。

「布マスクの販売始めました」

新型コロナの影響を受けた作業所が、壁を乗り越えるにはどうすればいいのか。
取材を進めていると、あるツイートを見かけました。

「障害者施設の方々が布マスクの販売始めました。購入をご検討ください」

発信元は…、千葉市の市長でした。
さっそく、市にその意図を取材すると、千葉市は新型コロナの影響が広がり始まった3月末に作業所の仕事が減っている現状を把握し、市内の20余りの作業所にマスク作りを提案。市役所内などにマスクを販売するスペースも用意しました。
さらに、市のホームページや、市長みずからがツイッターでマスク販売をPRするという、市を挙げての仕掛け作りを行いました。

すると、手作りマスクの売れ行きは連日、大盛況に。販売スペースには開始前から市民らの列ができて、あっという間に売り切れるようになりました。
千葉市の職員たちも購入し、今でもこのマスクを付けて仕事をしている人もいます。

この取り組みの中心を担った千葉市の障害者自立支援課の鈴木清由課長も、もちろん、このマスクの愛用者です。
鈴木課長は「当時、マスクがなかなか手に入らないということがあったので、マスクを作って売ってはどうかと声をかけました。取り組みには行政だけではなく、市民の協力が必要で、PRも行いました」と取り組みのきっかけを話しています。

マスク作り とまどいも

千葉市からの提案を受け、マスク作りを始めた作業所のひとつの「りべるたす」は、身体や精神に障害がある人およそ20人余りが利用しています。
当時、新型コロナウイルスの影響で仕事が減るおそれがあるなか、提案はありがたかった反面、とまどいもあったといいます。

この作業所に通う人は、障害の影響で手指が不自由な人が少なくありません。これまでは縫製の仕事といった細かい作業が伴う仕事はあえて敬遠し、企業からの給与計算などのいわゆる「デスクワーク」のみを請け負っていました。
そのため、作業所にはミシンはありません。ミシンを使うのはまったく初めてという人がほとんどでした。
「正直、職員だけで作業することも覚悟しました」と作業所の理事長、伊藤佳世子さんは当時の不安を振り返ります。

SOSに地域住民が

マスクを作れる『人』も『道具』も『ノウハウ』もない中でのスタートだったことから、作業所は近所の住民にSOSを出しました。

「ミシンを貸してくれませんか」

その訴えに住民たちが応えました。その日のうちに4台のミシンが集まり、夜遅くまでミシンの使い方から、マスク作りを教えてくれました。

さらには、SNSで取り組みを知った人から「売れるためにはデザインもよくしないと」と、藍染めを教えたいという声もかかり、支援の輪はどんどん広がっていきました。

こうした人たちのサポートを受け、当初は『職員だけで作ることも覚悟した』という職員の予想をはるかに超えて、作業に当たったみんなの腕はめきめきと上がりました。
伊藤佳世子理事長は、「最初は袋詰めしかしてなかった人が、ゴムを通してみたりとか、できることがどんどん増えていきました」と驚きを話していました。

手指が不自由でも糸通しができるように

マスク作りに携わった1人、市川結さん(20)は、生まれつきの脳性まひによる重度障害で手足が不自由です。この作業所に通い出して2年間、ずっとパソコンの入力作業しかしてきませんでした。
その市川さんが、新型コロナの影響で始めたマスク作りで、最初に担当したのは、縫い上がったマスクを裏返して重ねていく作業でした。

ある日、作業所の職員から「マスクのゴムひも通しを手伝ってくれない?」と誘いを受けたのをきっかけに、ゴムひも通しにチャレンジしました。
ゴムひもを通す穴は2センチほどしかなく、指が不自由な彼女にとって簡単な作業ではありません。何度も失敗を重ねるうちに指の使い方などコツをつかみ、今では1日に50枚ほどのマスクにゴムを通せるようになりました。

何度も何度も失敗しても作業を続けられたのは、「マスクが完売するほどの人気になった」との話や、マスクを買った人から寄せられた好評の声が、大きな支えになったといいます。

市川さんは「パソコンでの作業では感じられなかった反響が何よりもやりがいを感じ、うれしいです」と話していました。

たくさんの人によるこん身の作

たくさんの人の支援を受けて出来上がったマスクを見ると、地域の人に教わったおかげで、布の際ギリギリでも丁寧にミシンがけがされています。
教わった藍染めは1枚1枚、色や柄を変え、使い込むほどに色が落ち、買った人からは『自分だけの味が出る』と大好評です。

りべるたす 伊藤佳世子理事長
「みんなの仕事に対する前向きさにこちらが支えられたなと思います。このマスクはたくさんの人の手を通じて作られています。私から見ればこん身の作です」

マスクは、需要が落ち着いた今でも、インターネットを通じて注文が相次いでいて、夏に向けた新商品も出す予定です。
企画会議では「色や形を豊富に」とか「苦しくないものを」と積極的に意見が交わされ、なかには、冷たいマスクにするために「マスクごと凍らせる」というアイデアまでも飛び出していました。

受注した事務作業をそれぞれが黙々とこなしていたコロナ前の職場の様子から、積極的に意見を交わす主体的な姿勢に雰囲気が変わっていました。

この作業所の成功のウラにあったのは、作業所の苦境を敏感に察知して動いた行政。作業所のSOSを見過ごさず、手を差し伸べた地域。そして、一人ひとりが努力を惜しまずマスクを作り上げた作業所。
この3者が手を取り合った結果でどの一つが欠けても、成功はあり得なかったと思います。

取材後記

今回お伝えした内容をテレビで放送した翌日、私の携帯電話が鳴りました。おばの暮らすグループホームの施設長からでした。
「放送、直美さんと一緒に見ました。直美さんもとってもうれしそうにニコニコ笑いながら作業所に出かけていきましたよ」

取材してみると、この事例のほかにも、休業を余儀なくされた千葉市でレストランを経営する作業所が弁当販売に取り組んだところ、地域住民などが口コミで広げてくれ、感染拡大前よりもたくさんの客が訪れるようになったという例もありました。

作業所は資金も潤沢ではなく、少数のスタッフで運営しているところがほとんどです。
新型コロナウイルスの苦境を乗り越えるには、行政や地域の支えは欠かせません。
みなさんにもぜひ近くにある作業所に目を向け、できる範囲で支援を考えてほしいと思います。

  • 直井 良介

    首都圏放送センター

    直井 良介

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