分身ロボットで私も働ける

  • 2020年6月11日

去年、障害のある一人の男性が就職することになりました。山崎拓弥さん、34歳。脊髄損傷で、首から下が動きません。山崎さんはどうやって働けるようになったのか、その壁を打ち破ったのは遠隔で操作できる「分身ロボット」という最新技術でした。半年間におよぶ取材を元に、山崎さんの言葉で伝えていきます。

分身ロボットとの出会い

私の名前は山崎拓弥。島根県に住む34歳で、趣味は漫画。週刊漫画雑誌は毎週かかさず読んでいる。
5年前、私はベランダから誤って転落してしまい、首から下を動かすことができなくなってしまった。なので大好きな漫画は、口にくわえている特製のスティックで、スマホを操作して読んでいる。

事故によって、私の生活は一変してしまった。事故の前は、居酒屋で主任を務めていたが、その仕事も辞めざるをえなくなった。ずっとこのままの生活を想像したが、希望が持てなくなってしまった。とても耐えられそうになかった。
先の見えない日々に本気で自殺することまで考えたが、体を動かせないので自分で自殺することすらできず、そのまま生き続けることになった。

その後、リハビリや通院などを行いながら、空いた時間で好きな漫画を読む日々を過ごしている中で、たまたまネットで知ったのがスマートフォンを使って、遠隔操作できる「分身ロボット」だ。

この頃の私は、何をやっても自分の思った通りにはいかず、新しく何かに期待することができなくなっていた。
記事を読むと、病気や障害で外出が難しい人たちが、この「分身ロボット」を自宅から操作して、働くという取り組みを行い、そのロボットの操縦者を応募しているらしい。少しばかり期待で胸が高まったが、あとでガッカリするのは嫌なので、ほとんど期待せずに応募してみた。2018年、秋のことだ。

分身ロボットの開発秘話

数週間後、応募への反応があった。オンラインで面接が受けられる事になったのだ。そこで出会ったのが、このロボットを開発したベンチャー企業の代表・吉藤健太朗さんだった。

面談で話を聞くと、分身ロボットは吉藤さんが小学生の頃に引きこもりに悩んでいた時の経験をもとに開発したという。当時の自分のように、外に出られない人でも、社会とつながる方法はないか、その模索から生まれたのが分身ロボットだったという。

吉藤健太朗さん
「自宅にひきこもっている時、外に行くのも怖くて、なぜ体は1つしかないんだろう、自分の体がもう一つあったらよかったのにと、ずっと思っていました。それが分身ロボットを発想した原点です。障害がある人にも、まだできることがあるかもしれない、こんな俺でも喜んでもらえると考えてほしい。諦めてしまうと全て終わりなので、諦めなくてもいい選択肢として、分身ロボットを捉えてほしいと思っています」

ロボットの主な操作は、モニター上のボタンを押すというシンプルなもの。
これなら、口にペンをくわえて操作している私にもできそうだ。

さらに、ロボットの操作はインターネットを通じてオンラインで行う。この仕組みだと、私の自宅がある島根県から、全国どこでも働くことができる。

大阪の企業での導入試験

“この分身ロボットが操作できれば、居酒屋で働いていた時のように仕事ができるかもしれない” 
そんな思いでロボットの操作方法を練習するようになった。

そんな私に思いがけないチャンスが巡ってきた。2019年10月、大阪でチーズケーキ店を経営している企業が障害者雇用を進めるために分身ロボットの導入を検討していて、そこに操縦者として参加できることになったのだ。

任された役割は、このお店一押しの糖質オフのケーキの試食をすすめること。居酒屋で働いていたころの接客スキルや分身ロボットカフェで学んだロボットの操作技術をいかす時がきた。

しかし、これまで練習してきたことが全く通用しない。
ロボット越しでは接客で大事な空気感がつかめずに、どのタイミングで声をかければいいのかがつかめない。
さらに、思い切って声をかけたところタイミングが悪かったのか、お客さんが驚いた顔でこちらを向いてしまった。

結局この日は、自分の思っていた通りにはうまくいかなかった。

居酒屋の主任時代に培った対面での接客と分身ロボットでの接客では、状況も異なり、全く違うノウハウが求められるのだなと思った。

再び働ける可能性が…

導入試験から2週間。チーズケーキ店を経営している会社の社員が大阪から島根までわざわざ来てくれるという連絡があった。
私は分身ロボットを通して相手を見ているが、相手は私を見たことがない。家族や友だち以外で人と会うのは けがして以来初めてなので、どのような反応をされるのか少し緊張した。

すでにロボットで話していたおかげで、意外に普通に会話をすることができた。
そしてこの日、私は社員からは思いがけない提案を受けた。

なんと、契約社員として働くという誘いを受けることになったのだ。現状はまだまだ改善する余地があるが、今後の努力次第で、将来的にはケーキ販売以外にもさまざまな業務を任せられる可能性もあるらしい。
最初は体調を考慮して週6時間からの勤務だが、今後は私の体調と希望次第で、労働時間を増やしていって、最終的には正社員になれる可能性もあると言われた。

私は障害者年金と生活保護で生活しているが、自分で稼いだお金で生活できるようになることを目標にしてきた。そのチャンスが訪れたことに胸を高まらせつつ、最初の勤務に向けて必要な知識を詰め込み、お店一押しの新商品である桑の葉を使ったデザートを、どう売るか考えることにした。

分身ロボットで5年ぶりの仕事に挑む

私が分身ロボットで働くことになったのは大阪にある駅ビル。さすが日本屈指の繁華街で、島根では見たことがないほどの人の多さだ。さらに、働くのは人通りの多い週末の午後なので人がひっきりなしに通る。

導入試験の時に続き、ケーキの販売を任されることになった。
早速、これまでに学んだ知識をいかして接客してみる。その時の様子は以下の動画を見てほしい。

ねらい通り、新商品を買ってもらうことができた。

私はこの時、居酒屋で働いていたころに見ていたお客さんの笑顔が、目の前のお客さんの笑顔と重なり、人を喜ばせられることの幸せを実感した。
ケガをしてから私はずっと人に何かをしてもらう立場だったが、この分身ロボットのおかげで久しぶりに人に何かをしてあげることができ、うれしかった。

自分が変えた 障害者に対する意識

働き始めてから2か月、会社で会議が開かれた。この日のテーマの1つが「私の働きぶり」。
どんな評価なのか、気になる。

社員の1人が「特別扱いみたいにしないといけないかと思っていたが、求める水準が普通にお願いすることができると思った」と話してくれた。

私はこの言葉がとてもうれしかった。
社会では多くの人が、障害者は普通の人よりも働きにくい、働けないというイメージを持っていると思う。そのイメージをロボットを通じてではあるが、私の働きぶりを見たことによって、少しでも払拭(ふっしょく)することができたのだとしたら、それ以上にうれしいことはない。

障害者でも当たり前に働ける社会に

私がケーキ店で働き始めて半年余りになる。3月には会社とも契約を更新し、これからもっと頑張ろうと意気込んでいる。さらに、うれしいことに、分身ロボットを開発している企業からは就職第一号ということで表彰までしてもらった。

今後、私のように体がまったく動かない障害者でも働けることが当たり前になる社会がきたらいいなと思う。私はその先駆者として分身ロボットでこれからも一生懸命働いていきたいと思う。

取材後記

取材中に私が印象に残ったのは、ロボットの“技術”だけでなく、山崎さんを支える職場の同僚の “心” でした。
どうすれば山崎さんがロボットを通して働きやすくなるのか、職場の同僚はずっと試行錯誤しながら考え続けていました。山崎さんがいくらロボットを操作できても、一緒に働く人の“理解や協力”が得られなければ働くことは難しかったように思います。

新型コロナの影響もあり、オンライン会議などの仕組みは広がっていますが、多様な人が働きやすくなる社会に本当に欠かせないのは、周りの “理解と協力” だと感じました。

  • 佐々木 朋哉

    首都圏放送センター

    佐々木 朋哉

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