車いすで旅しよう

  • 2020年1月30日

茨城県を中心にした理学療法士のグループが、「車いすの人専用」の旅行雑誌を発行しています。紹介しているのは、車いすの人が泊まれるホテルや、風呂の楽しみ方、土産物屋の情報など。旅行やデートを楽しむことを目標に前向きにリハビリに取り組み、車いすでどんどん外に出てほしいとの思いが込められています。

楽しみからバリアフリーを

茨城県つくば市などの理学療法士のグループが発行している旅行雑誌『ベイマガジン』。
arrier-free(バリアフリー)、ntertainment(エンターテインメント)、そしてnnovation(イノベーション)の頭文字をとって「BEI」と名付けられました。
『社会を エンターテインメント でバリアフリーに変えていく』という思いが込められています。

旅行雑誌を作ろう

雑誌作りを呼びかけたのは、茨城県つくば市の理学療法士の吉田直紀さん(34歳)です。突然の事故や病気で車いす生活となった人のリハビリ指導に日々取り組んでいる吉田さん。ある日、患者からのひと言にとまどったといいます。

『リハビリして(回復できて)も車いす生活だと、おもしろくないよね』。

吉田さんは、失意の中にいる患者もリハビリを続けることで、自宅で日常の生活を送ることができるようになると考え指導してきました。
しかし、日常生活に戻ったあとの姿は想定の中になく、返す言葉が見つかりませんでした。どうしたら、前向きな気持ちでリハビリに取り組んでもらえるのか悩みました。

「人は エンターテインメント(楽しみ) がないと動かない」。
日頃からそう感じていた吉田さんは、頑張ってリハビリに取り組んでもらえるような目標として、具体的な ”楽しみ” を示すことを考えました。その目標に選んだのが旅行です。

しかし、車いすで生活する人が旅行に行くとなると、「ホテルに車いす用のトイレや風呂があるか」とか「車いすが通れるスロープがあるのか」など、細かいチェックが必要です。何軒ものホテルのHPを見たり 電話をかけて直接聞いたり、事前に調べるだけでも時間がかかり、それだけで旅行に出ることが嫌になってしまう人も多いそうです。

そこで思いついたのが旅行雑誌作りです。車いすの人に役立つ情報を満載し、“車いすで旅行に行きたい” と思ってもらえる魅力的な旅行雑誌を作ろうと考えました。同世代の理学療法士に呼びかけると、リハビリの現場で同様の思いを抱えていた仲間たちが全国各地から集まりました。去年4月、誕生したのが「ベイマガジン」です。

吉田直紀さん
「医療雑誌っぽくするとおもしろくない。人が見たくなるようなおもしろい雑誌にして、こっそり医療(情報)があったほうがいいと思いました。僕らには介助や医療の知識はある。普通の雑誌の編集者ではできない雑誌が作れるかなと思いました」

豊富な情報は綿密な取材から

これまで雑誌のテーマに選んだのは人気の観光地「箱根」や「東京」です。
吉田さんたちメンバーは、雑誌の取材の際には自分たちも車いすに乗って土産物店で買い物をしたり 観光地の小さな段差をチェックしたりするなど、車いすの人に役立つ情報を集めます。障害者用の浴室があるホテルで、天井からつられたリフトに乗り換えて浴室内を移動し、浴槽内で下ろされて入るまでの動きも体験し 使い心地も確認しました。

車いすで全国各地への旅行を楽しんでいる当事者の人たちの話も聞き取って、雑誌作りの参考にしています。
スキーやパラグライダーを車いすで挑戦できる場所の情報を実際の体験者から教えてもらったこともあります。
スロープ付きの温泉で、介助者がいなくても 脱衣所にいたおじいさんに声をかけて風呂に入ったという体験も聞きました。30代の車いすの男性は「声をかけたのは80代くらいのおじいちゃんで、その人が20代の私を介助する、ふつうの逆パターンでした」と笑いながら話してくれました。
工夫しながら車いすでの旅行を楽しんでいる話を聞いて、次のネタ探しにつなげています。

おしゃれで実用性も

メンバーは日々の仕事の合間に、写真の撮影や選定、レイアウトなどすべて自分たちで行っています。
「ふつうの福祉雑誌じゃなくて旅行雑誌として手にとってもらえるように」と写真の雰囲気を大切にして、徹底的に ”おしゃれ” にこだわりました。

見た目だけではなく、もちろん実用性も兼ね備えています。構造が難解な東京駅の構内は、車いすでスムーズに移動できるように、エレベーターの位置や車いすで通りやすい広い通路の情報を詳しく盛り込んだ手書きのマップを挿入しました。さらに東京駅にある “車いす待合所” というバリアフリートイレや、係の人をすぐに呼び出せるインターフォンなどの設備が整った待ち合わせ場所を特集コーナーで紹介するなど、役立つ情報も満載です。

紙面だけでは伝わらない情報にも 一工夫。人の混雑具合や段差の様子などの情報には、QRコードを掲載しました。スマートフォンをかざしてアクセスすると、動画を見て確認できるようにしています。これまでに完成した雑誌は2刊。2月には3刊目も完成する予定です。

未来をイメージする

事故でけがをして車いすで生活することになった男性に、メンバーの女性がリハビリの現場で、この雑誌を見てもらいました。男性は、けがをする前は国内外の旅行が大好きでいろんな所に出かけていましたが、このところ気持ちが沈みがちになることも多くなっていました。

雑誌を手にした男性は「この居酒屋はバイアフリーになっていましたか」と興味を示しました。さらに「今度、孫と出かけてみようかな」と前向きなことばを口にしました。それを聞いて、メンバーの女性は「もう1回頑張ってみようと、未来のイメージに自分を近づけていくことは本来のリハビリのあるべき姿だと思う」と、雑誌作りに手応えを感じていました。

雑誌作りの資金は、クラウドファンディングで募っています。趣旨に賛同する全国各地の理学療法士の人が多く、資金だけではなく、その地域で車いすで出かけられる情報を寄せてくれる人もいます。吉田さんたちは、雑誌を通じてつながった新しいネットワークをいかして、今後はもっと範囲を広げて全国各地の情報をテーマにしていきたいと考えています。

吉田直紀さん
「車いすで生活する人が、社会の中でまだまだ ”影の薄い存在” だと感じています。さらにバリアフリーが進むためにも、この雑誌をきっかけに、車いすの人の行動範囲が広がって、もっと多くの人が車いすで外に出かける機会が増えていくことが大切だと思います」

車いすの人が外に出ること自体がバリアフリーを進めることになり、さらにバリアフリー化が進むきっかけにもなっていくと吉田さんは信じて、活動を続けています。

取材後記

最初にこの雑誌を手にしたときの感想は「おしゃれ!」。
吉田さんも「福祉雑誌じゃなくて旅行雑誌を作っているので、レイアウトや写真にこだわっている」と話していました。見ているだけでわくわくするような雑誌は、きっとリハビリをする人の励みにもなることでしょう。
患者さんを一番近くで見ている理学療法士だからこそ作ることができた旅行雑誌だと思いました。

  • 久保田 明菜

    水戸放送局

    久保田 明菜

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