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箱石充子さん 脳性まひの女の子が80年かけて切り開いた道

障害者の自立を目指して
  • 2020年12月31日

近所の子どもたちが学校に行くようになっても1人だけ通うことができず、涙を流す女の子がいました。その彼女は、今80歳。幼いころの脳性まひで、全身に重い障害があります。
自分らしく生きるために、自立への道を切り開いてきたこの女性。その生き方に背中を押されるように、自立を目指す障害がある人も出てきています。30年をかけて、1人暮らしを実現し、自立への道を切り開いていった彼女の思いをたどりました。
首都圏局/記者 石川由季

わたしは障害があると存在を隠される時代に生まれた

宇都宮市で暮らす箱石充子さん(80歳)は幼いころ脳性まひになり、全身に重い障害があります。

箱石さんが生まれたのは昭和15年で、障害があると存在を隠される人もいたような時代でした。差別も根強く、箱石さんはこれまで一度も学校に通ったことがありません。

箱石充子さん
「働けない障害者は、人間だと思われなかった時代でした。近所の子どもたちが学校に行くようになっても私は行くことができませんでした。幼かった私は状況がよくわからず、みんなは学校に行くのに、なぜ、私は行けないのだろうと思いながら、学校へ行きたくて毎日泣きました」

学校に行けないのならばと、箱石さんは独学で読み書きを覚えることにしました。近所の子どもたちがかくれんぼをするときには、数を数える鬼になった子どものそばで、数字も覚えました。学校には行けなくても自力で学ぶことを続けたのです。

“自立するには手に職を” 3日かけて針に糸を通す

いつまでも親の元で世話になっていていいのだろうか。疑問を感じた箱石さんは18歳のころ、親元を離れようと思いたちました。そのためには、まず、手に職をつけねばならないと、箱石さんはみずから施設への入所を望み、施設で編み物などの技術を学びました。しかし、箱石さんにとっては簡単なことではありませんでした。

施設にいたころの箱石さん

「編み物をする前に、針に糸を通すことさえできませんでした。私にできないはずはないと思いながら、はいつくばって腕を押さえつけて、3日目でようやく糸が通せました。どうしても1人暮らしがしたいと、何日かかってもやりとげるという気持ちでした」

何年もかけて編み物の技術を身につけた箱石さん、セーターやカーディガンなど身の回りのものも作れるようになりました。ただ、今のような支援制度も整っていない時代のことです。1人暮らしを実現するには、さらに時間がかかりました。

18歳の頃の「親元を離れよう」という決意。時を経る中で箱石さんの「自立」への考え方は深まっていきました。

子どものころに受けたいじめ、そして差別。障害者の存在を隠すような風潮があることが原因の一つなのではないか。自分が1人暮らしをして、その姿を周囲に見てもらうことで障害者への理解が進むのではないか。箱石さんの内面では、今の考え方につながっていく大切な考えが時を刻んでいたのです。

30年かかった「自立」 障害者の生きざまを知ってほしい

そして思い立ってから30年。「50歳になってしまったら、もう実現できない」との思いで、猛反対する家族や親せきを説得し、箱石さんは1人暮らしを実現しました。とはいっても、1人の力だけでは生活が難しい箱石さん。当時はヘルパーの支援は週に2回、それぞれ1時間に限られていましたので、協力者を募る必要がありました。

このため箱石さんは、近所の学校へ出向き、ヘルパーが来ない時に生活の援助をしてほしいと、みずから作った手作りのチラシを配って学生に協力を呼びかけ続けました。集まったボランティアは、およそ400人にのぼりました。

ボランティアの学生と箱石さん(画面右)

食事や入浴などの手助けをしてくれる人がどんどん増えたことで、箱石さんは遠方への外出や旅行もできるようになりました。ボランティアやヘルパーに支えられながら、箱石さんは行動の範囲を広げていきました。

障害がなければ、あたり前とされることをできるようになってきた箱石さんは「障害があっても自分らしく生きて欲しい」という思いを強くします。
そして、箱石さんは、障害がある人たちが地域で自立して生活できるよう、仲間とともに支援活動も始め、障害者のためのヘルパーの派遣事業を始めました。障害があるからあきらめることはないというメッセージです。

箱石充子さん
「施設に入り、好き嫌いにかかわらず周りと同じものを食べ続け、お酒を飲みたくても飲めないような生活を、なんで障害があるだけで負わないといけないのか。私に1人暮らしができるなら、同じようにみんなもやってほしいと思いました」

箱石さんのように 「自立」を目指す人も

箱石さんの強い意志に影響を受けたひとり、大山智子さん(48歳)です。23歳のとき交通事故にあい、手足が自由に動かせません。

大山智子さん
「事故でできることは減ったけど、私自身は何も変わっていない。それなのに『人に迷惑をかけないように』と思い続けていて辛かった。自分の好きなことがなんにもできなくなっちゃうのかなっていうのを考えたら途方にくれちゃいました」

悩んでいた頃に箱石さんに出会った大山さんは、ヘルパーなどの手を借りながら自分の思いを実現するその姿に衝撃を受けました。

大山さんと箱石さん

1人暮らしをするにあたって不安だったことを丁寧に教えてもらい、笑顔で「大丈夫よ」と言ってもらったことで、1人で暮らしていく覚悟ができたと言います。

大山さんは、ヘルパーの介助を受けながら、食べたいものをリクエストしてヘルパーに作ってもらったり、その料理の写真をSNSに投稿したりして、1人暮らしの生活を楽しんでいます。料理や、趣味のスポーツ観戦、部屋から見られた雨上がりの虹など、大山さんのSNSは、幸せであふれていました。

「いま私は、いろんな人に支えてもらって、生活ができてることが幸せだと思う。普通の生活だけど、障害があると普通の生活がなかなかできないから。障害があっても自立生活をしている人として、箱石さんのように周りから頼られるようになりたい」

「障害があっても自分らしく生きていく」人生をかけて伝えたい

箱石さんは、80歳になったことし、これまでの人生を振り返る本を出版しました。支えてくれる人に感謝しながら、人生を通じて「障害があっても自分らしく地域で生きていく」ということを伝えていきたいという思いからです。

箱石充子さん
「いつどういう形で、あなたも障害を負ってしまうかもしれないし、障害のある子どもが生まれるかもしれない。そんなときに『あの人のようにやればいいんだ』と思ってもらえたら最高です。私はこれからもできる限り、いろいろなところに出かけていきます。それが神様からの使命だからです」

学校に行きたいと涙を流していた女の子。いま、とびきりの笑顔で力強く話をしてくれます。
障害者が自立して生活するための道を切り開き続けてきた彼女。その目に、迷いはひとかけらも感じられませんでした。


 

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