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偏食の泉鏡花でも食べられる?鎌倉の夜を映した一皿

食べる!鎌倉文学
  • 2022年01月28日

鎌倉ゆかりの文学作品を、鎌倉在住の料理人が読み込んで、その世界観を皿の上に描き出すシリーズ「食べる!鎌倉文学」。初回の芥川龍之介「蜘蛛の糸」、2回目の夏目漱石「こころ」に続いて、最後に登場するのは怪奇と幻想の作家、泉鏡花の「星あかり」です。

※これまでの記事はページ下部の「関連のページ」からご覧になれます。

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闇夜の鎌倉に漂う不安を描き出す「星あかり」

泉鏡花(1873~1939)は明治の半ばから昭和にかけて活躍した文豪です。様々な作風の作品を残しましたが、多くの読者をひきつけてやまないのが、彼の描く怪奇と幻想の世界です。「高野聖」「草迷宮」といった小説のほか、「夜叉が池」「天守物語」などの戯曲も残し、令和に至るまでその奇怪で不思議な物語は、映画や舞台で繰り返し演じられてきました。

今回紹介する「星あかり」もその系譜に連なる短編。明治24年、鎌倉の材木座にある妙長寺に2か月間滞在したときの経験を元に書かれたといいます。

「星あかり」あらすじ
ある夏、山科という医学生と妙長寺境内に滞在していた男。「夜中に墓地を徘徊するのは気持ちがいいものだ」と医学生が止めるのも聞かずに出かけた男は、部屋から閉め出されてしまう。所在なく、「いっそ海まで出るか」と歩き始めると、闇夜に続く人家は人の気配がしないのに、屋根やひさしからのぞかれているような気がする。由比ガ浜にたどり着くと、遠浅の海は暗黒の色を帯び、同じ色の空と連なっている。突然、山のような大波に襲われた心持ちとなり、寺に逃げ帰った男。疲れ果てて寝所にたどり着き、蚊帳の中をのぞくと、医学生の隣で一人すやすや寝ている男がいる。それは自分であった。

そして、この物語はこの一文で結ばれます。

「人はこういうことから気が違うのであろう」

鏡花の世界に挑む“物語の料理人” 

今回、「星あかり」の世界を料理で表現するのはフードディレクターのさわのめぐみさんです。8年前から、童話や映画などの物語を題材としたコース料理を作ってきました。

こちらは映画やミュージカルとしても知られる「美女と野獣」での一品。野獣の角の形に焼き上げたパイの中にクリームチーズやポルチーニ茸を詰めました。この料理一つを見ても、さわのさんがこの企画にうってつけの料理人であることがわかります。

鏡花の作品には初めて取り組むさわのさんですが、「星あかり」の舞台である妙長寺の近くに住んでいることもあって親近感がわくと言います。

さわのさん
私が散歩するような道をたどって由比ヶ浜に行っているので、それがおもしろいと思いました。読めば読むほど、彼を知れば知るほど、ちゃんと寄り添わないといけないなと思いますね。

小説の情緒を増すさし絵 料理を支えるのは・・・

鏡花の作品世界を理解するために、さわのさんが訪れたかった場所があります。鎌倉の雪ノ下にある鎌倉市鏑木清方(かぶらき きよかた)記念美術館です。近代日本画の大家、鏑木清方の旧居跡に建てられたこの美術館には、清方が描いた泉鏡花作品のさし絵が所蔵されています。

さわのさんを案内した学芸員がこんな話をしてくれました。

鎌倉市鏑木清方記念美術館 学芸員 今西彩子さん
“鏡花作・清方描く”という2人の絶妙なコンビネーションを表した言葉があります。鏡花の幽玄な世界に出てくる怪しい美女を清方が情緒豊かに表現したことで知られています。

鏡花にとっての清方のように、自分の料理の魅力をふくらませてくれるパートナーとして、さわのさんが共作を頼んだのは鎌倉に工房を構える陶芸家の檀上尚亮(だんじょう なおすけ)さんです。

檀上さんの作品は、粘土とガラスを組み合わせるなど、その斬新なスタイルが魅力です。

「星あかり」を読んだ二人がともに注目したのは、あらすじでも紹介した人けのない夜の鎌倉を歩くシーンでした。

檀上さん
「ちょっと怪しくて怖いっていう感じと、心細くて寒い感じと、混沌とした雰囲気の器が出ればいいかな」

ふたりのイメージが固まったようです。

物語奏でる一品 食べる!「星あかり」

いよいよ、さわのさんが「星あかり」の世界を料理で表現します。最初に用意したのは大きな丸鶏。ねぎなどの香味野菜を中に詰めて、寸胴に沈めます。鶏のもみじ(鶏足)も加え、にんじん、にんにく、しょうが、しいたけなどとともに煮込むこと5時間、うまみたっぷりのだしを取りました。 

その丸鶏のだしを使っておかゆを炊いたさわのさん。真っ白なかゆに何やら黒い粉末を混ぜ始めました。竹炭のパウダーです。

さわのさん
「黒いものを作ろうと思って、一番に浮かぶのはイカスミなんですけど、鏡花はタコもエビもそういうの苦手なので、イカを避けながらも黒いものってどうしたらいいかと考えました」

じつは鏡花はかなりの偏食家。30代前半で赤痢にかかると、食べ物であろうと煮沸消毒にこだわり、生ものはけっして口にしなかったといいます。「星あかり」の世界を料理するにあたり、作者の鏡花が嫌いなもの、食べられないものは使いたくないとさわのさんは考えたのです。

この黒いかゆを盛り付ける檀上さんの器です。

檀上さん
「星が流れるようなイメージ、流れ星の軌跡みたいな感じですね」

この模様を作り出したのは流しかけという技法。通常は柄杓を使って釉薬かけることが多いですが、檀上さんはあえて指先からしたたり落とすことでこの模様を生み出しました。

星空を表した檀上さんの器に真っ黒いかゆを注ぎます。

その上にのせるのは丸鶏のだしにかつおだしを合わせ、そのうまみをしっかりと煮含ませた豆腐。湯豆腐は煮沸消毒にこだわる鏡花も安心して食べられる料理だったと言います。

そんな豆腐ですが、鏡花は「豆が腐る」と書くのが気に食わず、自分の作品では「豆府」と書いたという逸話もあるそうです。

こうして完成した食べる「星あかり」。黒いおかゆは夜の海、そこから見える星の灯りを豆腐で表現しました。果たして、その味は・・・

檀上さん
黒いところは、とろっとしてるんですね・・・   おいしい!
豆腐おいしい。一見、モノトーンで強烈なんですけど、お味はとても優しい感じ。

あっという間に平らげた檀上さん。食べた後にも発見がありました。

さわの
食べ終わったあともいいですよね。黒いのが。

檀上
そうなんですよ、星あかりっていう感じじゃないですか、暗くて。

食べる人をハッとさせる黒と白のコントラスト、恐る恐る口に運ぶと誰しもが「おいしい」と感じるやさしい味わい、そして食べ終わりの器に現れた余韻・・・ さわのさんの料理と檀上さんの器のコラボレーションで生まれた食べる「星あかり」は、まさに一編の物語を読むような体験を味わわせてくれました。

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