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甲冑(かっちゅう)の魅力と戦国武将の人物像に迫る!〈前編〉

歴史の専門家が知られざる甲冑(かっちゅう)の魅力やそこから浮かび上がる戦国武将の人物像に迫ります!
  • 2023年11月21日

 

大河ドラマ「どうする家康」でも目を引く個性的な甲冑(かっちゅう)の数々。実はとっても奥深くて面白いのです!!
NHK静岡放送局では、現在、静岡市美術館で開催中のNHK大河ドラマ 特別展 「どうする家康」静岡展の関連企画として、「8K文化財で体感!戦う芸術『甲冑』 inしずび」トークイベントを実施しました。今回はその様子をお伝えします。

マニアックな(!?)トークイベントを開催!

トークイベントは11月11日(土)と12日(日)の午前・午後、計4回行われました。11日(土)午前の回に登壇いただいたのは、小和田泰経さん(歴史作家、歴史研究家)と戸塚直史さん(久能山東照宮博物館 学芸員)。当日は、お2人から甲冑やそれを着用したであろう戦国武将の魅力のほか、大河ドラマ「どうする家康」で登場する甲冑と実物との違いについてもお話しいただきました。

小和田泰経さん(右)戸塚直史さん(左)
司会者

ここまでの大河ドラマ「どうする家康」ですが、歴史の専門家から見ていかがでしょうか?

小和田さん

最初のころ、三河武士が「藁の甲冑」を着ていた。しかし、あれは史実にはなく、演出だと思う。日本には、ドラマで描かれた時期よりも前にすでに木の甲冑があった。貧乏な三河武士がだんだん出世していくという演出で作られたものだと思う。甲冑にも時代考証が入っているので、ドラマでどのような甲冑が着られているのかを注目していただけるとよいと思う。

戸塚さん

家康公は神様として祀られている。今回の大河ドラマを拝見すると皆さまのイメージとは違う描かれ方をしていて面白いなと思った。家康公のイメージは「たぬきおやじ」や「ケチ」と言われている。今回の大河ドラマでは、苦悩を重ねて天下人になるという内容が描かれている。

個性的な甲冑の数々をご紹介

樫鳥糸肩赤威胴丸(かしどりいとかたあかおどしのどうまる)

小和田さん

これは、今から500年ほど前の室町時代の甲冑で、三春藩主になった秋田家に伝わったもの。もとは陸奥の浪岡御所(なみおかごしょ)と呼ばれた北畠氏から伝わっているのではないかと言われている。この時代のものが、これだけきちんとした状態で残っているのは非常に珍しい。

甲冑は必ず右側で閉じる作りになっている。これは、平安末期から鎌倉時代にかけて武士は弓で戦っており、左に敵を受けていたため。人体の左側を守らなければならないので、どの甲冑もかならず左側から着て、右側で閉じるようになっている。

かぶとの「八幡座(はちまんざ)」の部分(てっぺんのあたり)に穴があいているのは空気を逃すため。なお、鎌倉・室町時代にかぶっていたかぶとはもっと八幡座が大きく、そこから髷を出していたのでその名残とも言われている。甲冑は戦闘のためのものではなく、当時の工芸の技術の粋を集めている。こちらのかぶとは「四十八間筋兜(よんじゅうはちけんすじかぶと)」といい、金メッキをした金属で覆っている。筋はL字型に折った鉄板を48枚もつなげて鋲(びょう)で打っており、その鋲をやすりで削っている。大変お金がかかっている。

金陀美具足(きんだみぐそく)
 

戸塚さん

金陀美具足(きんだみぐそく)を家康公が身につけていたという話が広まったのは明治時代になってからで、それまでは、江戸城にある紅葉山の東照宮に保管されていた。徳川宗家が明治維新の際に静岡にお越しになった際、(住む場所が)お城からお屋敷になり(狭くなったこともあって)置いておくことができず、久能山東照宮に奉納することとなった。由緒がわからないものだったので、当時の神職が調べたところ、大高城の兵糧入れで使用したものだとわかった。

金陀美具足は、きらびやかな甲冑で、戦場でかなり目立ったと思われる。敵から狙われる可能性もあるが、目立たないと誰が活躍したかわからないため、このような目立つ色になったと推測される。

大河ドラマ「どうする家康」では、今川義元公から贈られたとされているが、はっきりしたことはわからない。
位が上の人から下の人へプレゼントする事例は多くあった。逆に家臣から殿へ献上するということもあった。

戸塚さん

家康公が若かりしころに着用されたとされる甲冑で、大河ドラマ「どうする家康」に出演の松本潤さんも実際に久能山東照宮にいらしてご覧になられた。

こんな裏話も!

戸塚さん

こちらは、金陀美具足をX線で撮った画像。首のあたりを見ると「作りが雑」であることが伺える。この穴があいている部分は、上から無理やり埋めて隠している。通常、将軍のものはこのような粗雑な作り方はせず、間違えたら作り直すと思う。豪華なものを作れなかった時代の名残があるのかなと感じる。

伊予札黒糸威胴丸具足(いよざねくろいとおどしどうまるぐそく)
 

大河ドラマ「どうする家康」特別展でも展示されている
戸塚さん

関ケ原の戦い、大坂の陣で家康が戦地でご使用になったと伝わる歯朶具足(しだぐそく)。どちらの戦も徳川方が勝ったということで縁起の良い鎧(よろい)といわれている。
かぶとは、頭に頭巾をかぶったような形で、大黒頭巾(だいこくずきん)といわれる。大黒=大黒様を思い浮かべるが、大黒様はインドでは戦いの神様。それをモチーフにして自分が勝てるように神様のお力をいただくということでこのような形状にしたといわれている。

小和田さん

こちらのかぶとには前立(まえだて)をつけるところがないが、大河ドラマ「どうする家康」の予告を見ていたら、かぶとに歯朶の前立が付いているのが見受けられた。そのあたりも注目して見ると面白いと思う。

室町時代の甲冑との比較

小和田さん

室町時代の甲冑(左側)と比べると右側の歯朶具足は、肩を保護する大袖(おおそで)が無くなっている。大袖は弓矢で攻撃を受けた際に盾がわりになるもの。さらに歯朶具足には、弓矢から顔面を守るために使っていた吹返(ふきかえし)もない。これは、室町時代の弓を中心とする戦い方から鉄砲を防御するものにかわっていったためだと思われる。
具足(ぐそく)とは、佩楯(はいだて)や臑当(すねあて)など一式そろってすべて整っているもののことをいう。戦国時代の甲冑になるとフル装備になっている。攻撃する時に首や脇、ももを狙わないかぎりはまさに無敵ですね。

ここで、来場者からの質問タイム!!

来場者

銃対応の甲冑とのことですが、本当に鉄砲の玉は防げるのでしょうか?検証はされていますか?

小和田さん

当時の人たちも、どの程度耐えられるのかを試し打ちで検証している。貫通しているものを見たことがないので、基本的には防げていると思われる。今のライフル銃などと違い、鉄砲の威力もそれほどなかったと思う。鉄板に覆われている部分は致命傷にならなかったのではないかと思われる。
すべてが鉄板ではなく、革を使っている部分もあるので、そこを狙われたら命を落とす可能性もある。

戸塚さん

当宮で所有している三代将軍 家光公の甲冑には火縄銃の弾痕がある。撃たれた場所は、頭、胸、後頭部。重要なところは守れるようになっており、当たって痛いということはあったと思うが、致命傷にはならなかったと思われる。

今回はここまで!
次回は、一度見たら忘れられない皆さまおなじみの「あの甲冑」が登場します。甲冑の魅力を、まだまだたっぷりとお伝えしますので、ぜひ後編もお楽しみください!
 

国宝・重要文化財が約50点展示!!
NHK大河ドラマ特別展「どうする家康」静岡展にぜひご来場ください!
開催期間:2023年11月3日(金・祝)~12月13日(水)
     午前10時~午後7時 ※展示室入場は閉館の30分前まで
     ※休館日:11月20日(月)
会場:静岡市美術館<静岡県静岡市葵区紺屋町17-1葵タワー3F>
交通手段:JR「静岡」駅北口より徒歩3分
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