ページの本文へ

静岡WEB特集

  1. NHK静岡
  2. 静岡WEB特集
  3. 甲冑(かっちゅう)の魅力と戦国武将の人物像に迫る!〈後編〉

甲冑(かっちゅう)の魅力と戦国武将の人物像に迫る!〈後編〉

歴史の専門家が知られざる甲冑(かっちゅう)の魅力やそこから浮かび上がる戦国武将の人物像に迫ります!
  • 2023年11月27日

 

NHK静岡放送局では、現在、静岡市美術館で開催中のNHK大河ドラマ 特別展 「どうする家康」静岡展の関連企画として、「8K文化財で体感!戦う芸術『甲冑』㏌しずび』トークイベントを実施しました。その様子を前編・後編にわけてたっぷりとお伝えしています!
前編では、徳川家康がまだ若かりし頃に着用したとされる甲冑(かっちゅう)や関ケ原の戦い、大坂の陣で戦地に持って行ったと伝わる甲冑を紹介しました。
後編もマニアック(!?)なトークが続きます。お楽しみください!

続・マニアックな(!?)トークイベントの様子

紺糸威南蛮胴具足(こんいとおどしなんばんどうぐそく)

小和田さん

ヨーロッパから伝わった甲冑を使った「具足(ぐそく)」を「南蛮胴具足(なんばんどうぐそく)」という。こちらは、胴の部分がヨーロッパの甲冑(日本で模造したとの説もあり)で、かぶともヨーロッパの「カバセット」とよばれるヘルメットを再利用したもの。ヨーロッパの甲冑はピカピカに磨かれた鉄製だが、日本では高温多湿ということもあり、素材を守るために金錆地(かなさびじ)にしているため、色が(茶色に)変わっている。

関ケ原の戦い(せきがはらのたたかい)の直前にウィリアム・アダムスがオランダ商船(リーフデ号)に乗って現在の大分県に漂着した際、積んでいた南蛮の甲冑を家康に献上した。そのうちの一領(甲冑は一領(りょう)、二領・・・と数える)を榊原康政(さかきばらやすまさ)が拝領したと言われている。

オランダ商船に積まれていた甲冑に日本で「籠手(こて)」や「草摺(くさずり)」、「佩楯(はいだて)」などをつけたものを総称して「当世具足(とうせいぐそく)」と呼んでいる。

家康も南蛮胴具足を持っており、それは「日光東照宮」にある。「日光東照宮」の由緒によると、南蛮胴具足を関ケ原の戦いに持って行ったという記録もある。現在は、関ケ原の戦いで「大黒頭巾(だいこくずきん)の甲冑」と「南蛮胴具足」のどちらを着ていたかという論争もあり、もしかしたら両方を持って行った可能性もある。
家康の家臣である渡辺守綱(わたなべもりつな)も南蛮胴具足を家康から拝領している。家康の家臣団の中でもこの甲冑は人気があり、舶来ものなので、数が少なく下賜されるのは特別待遇だったと思われる。

黒糸威胴丸具足(くろいとおどしどうまるぐそく)

この甲冑は、本多忠勝(ほんだただかつ)が着用していたと言われている。かぶとについている鹿の角は重たそうに見えるが、実は「和紙」で作られており、上に漆を塗っているものなので(重さが)わずかしかない。かなり軽く見掛け倒しで、防御の点からするとあまり意味がない。
「金陀美具足(きんだみぐそく)」と同様、目立たなければ誰が活躍したかわからないためこのようなフォルムになっていると思われる。鹿の角のかぶとを被っているのは、本多忠勝しかいないため、遠くから見てもわかるようになっている。
(かぶとの装飾を)鹿の角にした理由は、伝承によると伊賀八幡宮(いがはちまんぐう)という神社の神主が霊夢で見たからだという。鹿は神のつかいであり、信仰の影響もあると考えられる。

今伝わっている甲冑がそのまま肖像画に描かれているとは限らない。この肖像画は、寺に奉納するために描いたものなので、実際に本多忠勝が着ていたときのものを写したものではないと思われる。肖像画や現存する甲冑に念珠がついているが、戦場で活躍するには念珠は邪魔である。本多忠勝の甲冑は戦国時代の甲冑の中でも最軽量クラスで15キロ程度しかない(このことから実際は念珠がついていなかったのではないかと思われる)。(実際はついていなかった念珠を)おそらく、肖像画を見た後世の人が甲冑につけたのではないかと思われる。(特別展の会場で)肖像画の甲冑と本物を見比べるのも楽しいと思う。

来場者からの質問タイム!

来場者

甲冑はピンキリだと思いますが、一つ作るのにどのくらいの期間とお金がかかりますか?

小和田さん

製作期間はものによります。お金がかかっているのは(8K文化財のデジタルコンテンツでも紹介した)室町時代の「胴丸(どうまる)」で、部品点数が圧倒的に多いため、期間もかかります。費用は、今作るとなると、そうですね、家一軒分(数千万円)くらいではないかと。
「金陀美具足(きんだみぐそく)」は、金で立派に見えますが、構造的には簡単でかぶとも鉄板を数枚しか使っていません。室町時代のかぶとは48枚もの鉄板を鋲(びょう)でとめているので、お金がかかっています。それぞれの甲冑によって値段が異なります。

戸塚さん

ちなみに静岡市歴史博物館での「歯朶具足(しだぐそく)」の複製品については、甲冑自体の制作は2年程かかったそうです。

来場者

甲冑にもいろいろあると思いますが、一人で着られるものですか?また、着るのにどの程度時間がかかりますか?

小和田さん

私も甲冑を持っていますが、一人で着ることはできます。ただ、一人で着るのは大変なので、お付の人がいるとありがたいです。大将クラスになると着せる人がいます。
時間は、10分~15分あれば(一人でも)着ることができます。ドラマでも出てきますが、(相手から)襲撃されてすぐに着られないと困るため、「小具足(こぐそく)」といって甲冑を着る少し前の状態で先陣にいます。かぶとは特に重たいので、戦場に行ってから装着するようです。

来場者

鎧兜(よろいかぶと)をつくる職人集団はどこにいるのですか?

戸塚さん

鎧兜の一大生産地は奈良で、奈良の甲冑師である岩井家が「金陀美具足」「歯朶具足」を製作したと伝わっています。江戸時代になると城下でのお抱え甲冑師も居たそうです。本展示でも奈良の漢國神社(かんごうじんじゃ)に奉納された歯朶具足も展示しているので、ぜひご覧ください!

小和田さん

戦国時代も奈良が生産地でした。甲冑というのは総合的な工芸品なので一人で全部作るわけではなく、かぶと鍛冶がいたり最後に威したり(鎧 の札 (さね) を糸または革でつづり合わせること)する人がいます。現在の甲冑師さんは、基本的には一人で作られていることが多いですが、昔は分業体制でした。
室町時代の「胴丸」は金細工で「透かし彫り」という高い技術を持った専門の職人が携わっていますが、それを糸で威す専門の人もおり、一領作るだけでも相当な人数が関わっていたと思われます。

参加者にお話しを聞いてみました!

本多忠勝のかぶとが重たそうだと思っていたけれど、軽くて意外でした!

歴史が好きで子供のころから大河ドラマを見ています。小和田先生は、時代考証で馴染みのある解説者。大学の先生や学芸員さんの話を聞けるのは貴重な体験でした。
主君から家臣へ甲冑を贈るという話では甲冑のスペックによって関係性が見えてきそうで面白いなと思いました。

甲冑について図書館で調べたことがありますが、あまり詳しい文献がありませんでした。言葉として聞いたことがあっても、どこの部分なのかがわからなかったり、専門用語で理解できなかったので、それが今日わかってよかったです。
甲冑をメインにしたイベントがあまりないので、楽しかったです!

南蛮からきた甲冑があることに驚きました。当時の技術の高さにも感心しました!

大学の時に歴史学科でした。史実に載っていない部分を大河ドラマでどう組み立てて間を埋めているのか興味が深くなりました。これから大河ドラマの見方も変わると思います!

甲冑というと少し敷居の高い印象がありますが、性別・年齢問わず幅広い層の方々にご来場いただくことができ、多くの方に甲冑の奥深さや見方をお伝えできました。この記事をご覧の皆さまも、ご紹介した内容を踏まえて大河ドラマ「どうする家康」や、大河ドラマ特別展「どうする家康」静岡展を新たな視点で楽しんでみてはいかがでしょうか。

国宝・重要文化財が約50点展示!!
NHK大河ドラマ特別展「どうする家康」静岡展にぜひご来場ください!
開催期間:2023年11月3日(金・祝)~12月13日(水)
     午前10時~午後7時 ※展示室入場は閉館の30分前まで
     ※休館日:11月20日(月)
会場:静岡市美術館<静岡県静岡市葵区紺屋町17-1葵タワー3F>
交通手段:JR「静岡」駅北口より徒歩3分
詳細はこちら

ページトップに戻る