国立遺伝学研究所 生命の謎に迫る施設 なぜサメが? NHK静岡
- 2023年04月24日

30億年以上前に誕生したとされる生命。いま、地球上には形も大きさもさまざまな命が繁栄していますが、その設計図は、命の1つ1つに小さく折りたたまれていることがわかっています。
静岡県三島市にある国立遺伝学研究所はそんな生命の神秘に迫ろうと、多くの研究者が日々、まだ誰も解いたことのないテーマに向き合っています。
サカナ好きの私もずっと気になっていた研究所。なぜ国立の施設が三島にあるのでしょうか?施設内には、なんとサメもいるのだとか。機会をいただき、訪問がかないました。
知られざる桜の名所「遺伝研」

2023年4月上旬。三島駅からバスで15分ほど行くと、敷地内には多くの桜が咲いていました。
実は国立遺伝学研究所は「遺伝研のさくら」として、知る人ぞ知る桜の名所です。 故竹中要博士がソメイヨシノの起源を探索するために日本全国からさまざまな桜の品種を収集し、交配や形態の観察を行うことで、ソメイヨシノがエドヒガンとオオシマザクラを起源とすることを推定しました。その過程で植樹や種から育てられた桜は300種類にのぼり60年経った今も健在。
遺伝情報そのものを読めるようになったいま、その推定が正しかったことが認められましたが、遺伝研を象徴する花の時期に訪れることができたのは幸運でした。

生命科学や遺伝学に関する研究に関わっています。
本館は歴史を感じる建物です。
なぜ三島に?
生命史のロマンが凝縮した展示室
本館に入ってすぐのところにあったのが、遺伝学博物館展示室。研究所の歴史などが解説してありました。

研究所ができたのは1949年(昭和24年)。戦時中に飛行機を作っていた中島飛行機製作所の跡地が広がっていたそうです。
三島の気候が遺伝学の研究に必要な植物の栽培に適していたことや、東京からも日帰りできる距離などから三島に決定したそうですが、当時は研究所を作るにもGHQの許可がいる時代。
設立には反対意見などもあり、多くの苦労があったそうです。

展示室には進化論を発表したチャールズ・ダーウィンの「種の起源」の初版本をはじめ、

エンドウ豆の「メンデルの法則」で知られる、オーストリアのグレゴール・ヨハン・メンデルの論文別刷など、貴重な資料もありました。
私も大学で生物系を専攻していたので、本を間近にし、紙の質感や肖像を見ていると、この150年で進んだ遺伝学、生命科学の発展に大きなロマンを感じました。
ノーベル賞 4回受賞
「遺伝学のスター」との出会い
「遺伝学のスター」と呼ばれる生き物に会えるということで楽しみに行くと……。

なにやら小瓶がいっぱい……。なんでしょうか?

なんとショウジョウバエでした。苦手な方はごめんなさい!
でもこの生き物こそ、対象動物としてノーベル賞を4回!も受賞している「遺伝学のスター」なんだとか。遺伝学研究所は遺伝的に異なる3万種類ものショウジョウバエを常にストックしている施設で、必要に応じて各地の研究機関に提供しているそうです。
生き物だけではありません。ここでは生き物の“遺伝情報”もストックしています。
地球上の生き物の遺伝情報は日々世界各地で解読が進んでいますが、その情報は「日本」「アメリカ」「ヨーロッパ」にある世界3か所のデータバンクに全く同じものが登録されます。
国立遺伝学研究所のデータバンク(DDBJ:DNA Date Bank of Japan)は、生命科学系のデータ解析に適したスーパーコンピューターとともに、日本やアジアの研究者の利用に役立てられているそうです。
遺伝学を支える世界に3か所しかない貴重な施設が静岡県にあることを知らない方も多いのではないでしょうか。
生命の設計図である遺伝情報を解読し、その情報を記録。進化や病気などの生命の謎に迫る施設。
あらためてその重要さとこれからの研究や発見に期待がふくらみます。

施設では新型コロナウィルスのDNA解析にも貢献してきました
“サメ”を調べる研究者
工樂樹洋さんを訪問

サメを調べている研究者を訪ねました。

工樂樹洋(くらく しげひろ)教授は、京都大学や理化学研究所でDNAを研究。ドイツの大学などの教員などを経て、去年、国立遺伝学研究所に来ました。
研究室にはサメの卵やあかちゃん、関連のグッズや水槽、標本などが多数あり、魚好きにはたまりません。

(大きくなるとこのシマ模様は消えてしまいます)
Q、それにしてもどうしてサメの研究をしているのでしょうか?

人を含む背骨を持つ動物(脊椎動物)がどんな進化をしてきたのかを調べるには、サメの仲間を避けて通ることはできないんです。
哺乳類の先祖をたどっていくと、サメの先祖と分かれたのは4億5000万年前と言われていて、今のサメのDNAとその他の生き物のDNAを調べることで、どう生き物が変化してきたのかわかってくるんです。

Q、いまサメの遺伝情報はどのくらいわかっているのでしょうか?

DNAすべての遺伝情報のこと“ゲノム”というのですが、サメやエイの仲間はおよそ1300種いるなかで、ゲノムがわかっているのは、わずか10数種類しかいません。
いわゆる食用の魚、サケやフグなどの“硬骨魚類”はずいぶん読まれてきましたが、サメは体が大きかったり、深い海にいたりして簡単に体の一部を取ることができないので、調べるのが大変なんです。
しかもサメは人間よりもゲノムのサイズが大きいので1種類の解読にも時間がかかります。
Q、目の前には様々な種類のサメが住む駿河湾があります。サメを研究する“地の利”はあるのでしょうか?

実は、サメは世界的に減少してきていて、保護の意識が急速に高まっている生き物なんです。
特に寿命の長いサメは成長も遅いため、希少種を研究のためにたくさん捕獲して自然を乱すことはあってはなりません。
そのために実は“水族館”が大事な役目を果たしているんです。飼育しているサメが多く産卵したため、水族館で飼育できない卵(受精卵)があるときはその卵をもらったり、健康管理のためにサメから採血した血液などをもらったりして研究に役立てているんです。
その点、静岡県はサメの多く住む深海に近いところに水族館が多くあり、協定を結ぶなどして資料を手に入れられるようにしています。

最新のサメの研究成果
人の目の病気との共通点も
そんな工樂教授が最近発表した研究論文が、サメの中でも2000メートルという深い海に潜る“ジンベエザメ”の生態に関するもの。ジンベエザメの目が、冷たい深海でも微弱な光をキャッチする仕組みがあることがわかったとアメリカの科学雑誌に発表しました。

光は水の中で赤い色から吸収されていきますが、ジンベエザメは最も深いところまで届く青い光を、他のサメにくらべて効率的にキャッチする遺伝子の配列を持っているそうです。
目の網膜で光を感じ取るたんぱく質のDNA情報からわかった研究成果ですが、この部分は人が暗いところで物が見えにくくなる病気「夜盲症」と同じ遺伝子の配列部分で、こうした研究によって、「病気がどう発現するのか」などの理解が進む可能性があるとのこと。
脊椎動物の中で、私たちの先祖と4億5千万年も前に分かれたサメを調べるというのは、こういった点でも意味があるんですね。
しかも、この研究も網膜を切り取って調べたのではなく、水族館で健康管理のために採取したジンベエザメの血液からDNAを調べたそう。遺伝子研究は命を無駄にせずに生命に迫ることのできる技術なんですね。
遺伝子から
‟サメらしさ”を見つける?

ジンベエザメの目の研究もそうですが、遺伝子から生物の姿や暮らし方が見えてくるので、今は「サメらしさ」って何だろうと良く考えます。
長生きだったり、嗅覚が優れていたり、電気や磁気を感知する能力を持っていたり……DNA情報を解析することで、そういった「サメらしさ」をどう説明できるのか考えています。
DNA情報からは過去の暮らしを推定することも可能です。現在では、海の深いところだけではなくて浅いところにもサメはいます。最近、サメの進化の過程では、深海のみに生存していた時代があったのではないかと思っています。
それと、DNAを扱うという点では、実はサメも植物もほとんど変わらないんですよ。
せっかく静岡県にいるので、県内の研究者とを含めたチームで地元の農産物の解析なども始めています。
そうなんですか!
確かに遺伝子という設計図は魚と植物も同じ言語。
地球を覆う生命はみんな共通祖先を持っているわけです。本当に不思議ですね。
その“サメらしさ”が見つかったら、ぜひまた教えてください!

工樂さん、どうもありがとうございました!
これまで遺伝子関連の取材をすると頻繁に国立遺伝学研究所の名前を聞いてきたので、今回実際に見学することで理解を深めることができました。
改めて命の不思議を感じると同時に、研究のためにサメの命を無駄にしないお話しなどは、命への敬意のようなものも感じられ、気持ちを新たにさせられました。地球の歴史とともに緻密に進化してきた情報に日々触れているからなのかもしれませんね。
工樂さんや国立遺伝学研究所のこれからの研究成果が楽しみです。
2023年4月 魚好きアナウンサー