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ロマンしかない 水中遺跡や地球科学のシンポジウム NHK静岡

「しず海ひろば」田中洋行アナウンサー取材
  • 2023年03月16日

2023年3月12日、静岡市清水区の東海大学で「水中考古学と地球科学」をテーマにしたシンポジウムが開かれました。
「考古学=人文系」と「地球科学=理系」と異なる研究分野に思えますが、どちらも壮大な歴史の話でロマンを感じます。第1線の研究者が互いに顔を合わせて最新の研究報告が行われるということで、興味津々。
専門用語に若干戸惑いつつも、発表を聞いているとロマンだけでなく「人と海との関わり」を深く考える機会になりました。

会場は、静岡市清水区折戸にある東海大学海洋学部。建物4階にある駿河湾が見渡せる交流スペースです。この日はあいにくの曇り空でしたが、晴れた日は青い駿河湾と富士山が見渡せる気持ちいい景色が望めます。

改めてプログラムを眺めると壮大なスケールにびっくりです。

「水中考古学」と「地球科学」がミックスされたテーマは3つ。

「海洋環境変動とホモ・サピエンスの航海」
「海難事変と古海洋気象:蒙古襲来」
「地震・津波・火山災害と水中考古学」

全国から研究者が集まり「人はどう海を渡ってきたのか」そして「どんな地質を利用してきたのか」また「津波や噴火など、どんな災害に見舞われてきたのか」などの発表が行われます。

動画投稿サイトでの生配信も行われていたのですが、第1線の研究者のリアルな声を聞けるとあり、現場で参加させてもらいました。

東海大学海洋研究所 平朝彦所長による開始のあいさつ

知の大放出!人類大移動の最前線

最初のテーマ「海洋環境変動とホモ・サピエンスの航海」では国立民族学博物館の小野林太郎准教授や静岡大学人文社会科学部の山岡拓也教授、そして東海大学海洋学部の坂本泉教授が、人類がどう海に進出していったのかや、その根拠となる技術や物質について説明しました。

人類がアフリカから世界に広がっていった壮大なスケールの話があり、その中で、人類がアメリカ大陸に渡った時代がこれまでより古い可能性があるという、最新の学説が紹介されました。

北アメリカは「ローレンタイド氷床」と呼ばれる巨大な氷に覆われていたため、従来の研究では、人類の移住は氷が溶けた1万2000年前より後の時代だと考えられていましたが、それより古く、2万年をさかのぼる可能性があるということです。

氷の自然とともにあるイヌイットの生活

いくつかの証拠から、今も北極沿岸で暮らすイヌイットが利用していたようなカヌーやカヤックのような船で、氷と海の境界を移動していた可能性があると説明されました。
海藻の生えた氷河の端をカヌーで移動していたと考えられ「ケルプハイウェイ仮説」と呼ばれているそうです。
(*ケルプ・・・沿岸部に生える海藻)

それにしてもそんな航海技術が1万年以上前に本当にあったのでしょうか?

縄文時代 河津町には神津島産 黒曜石の中継拠点があった

なんと静岡県にも当時の航海を示す証拠があるそうです。

縄文時代中期(1万年前頃)、伊豆諸島の神津島で取れた黒曜石の中継拠点が伊豆半島の河津町にあったそうです(見高段間遺跡)。
黒曜石は、矢じりやナイフに使うために利用されていたことがよく知られていますが、遺跡からは大量の神津島産の黒曜石が発見されています。

その頃にはすでに神津島と伊豆半島を船で頻繁に行き来できる航海技術があったと考えられているのです。

黒曜石について発表する 静岡大学 山岡拓也教授

地質の専門家からは、火山活動による神津島の黒曜石の成り立ちの説明がありました。

「そのころ噴火活動を起こしていた神津島は伊豆半島から見えていたはずです。人々はなんらかの関心を持って島へ向かった可能性があります」という話がありました。

黒曜石の産地 神津島について語る東海大学 坂本教授

発表では、2016年に沖縄県の洞窟で見つかった世界最古とされる「釣り針」の話もありました。
2万3000年前の旧石器時代の釣り針だそうです。

船を作って漁をしたり、新天地を求めて海を渡る技術は私たちが想像するよりはるか昔から人々が持っていたのかもしれません。
私たちのご先祖さまはどんな気持ちで海に出て行っていたのでしょうか?
考えるとわくわくしてきますね。

地層に残る波の跡 昔の海の様子がわかる

「海難事変と古海洋気象:蒙古襲来」では、東海大学人文学科の木村淳准教授や國學院大學文学部の池田榮史教授、そして京都大学の増田富士雄名誉教授が発表しました。

鎌倉時代の元寇の舞台となった長崎県松浦市には日本で初めての国指定の海底遺跡があります。去年(2022年)10月には水深20メートルの海底で見つかった元寇船のいかりの引き上げが行われました。

当時の船のいかりはどのような形状をしていたのか、いかりに取り付けられていた石材はどのようなものだったのかなどの解説がありました。

中世の船の構造はずいぶん解明されてきたそうです

元寇船を一掃したという、いわゆる「神風」は、台風による暴風と考えられていますが、いかりが北向きに沈んでいたことから、言い伝え通り「当時、強い南風が吹いていたことがわかる」などの説明がありました。

そして、地層の専門家からは、地層に残る波の痕跡についても説明がありました。

波の痕跡の専門家 京都大学 増田富士雄名誉教授

地層は海底での堆積物が層になったものですが、沿岸近くで堆積した場合、砂紋がそのまま地層として残る場合があります。波のパターンを見ることで当時の波の大きさや強さ、速さなどの性質がわかるそうです。

最新の音波探査を使って海底を調べる技術も発展してきているそうで、近年、多くの成果をあげています。

異なる分野の研究に熱心に耳を傾ける研究者

人が海と関わりをもって何万年と生活してきたなら、まだまだ海には多くの生活の跡が残されていそうですね。
それを理解する技術や知識も日々進歩していることがわかりました。
海とともにあった昔の人々の暮らしぶりが見えてくると思うと、とてもロマンを感じます。

専門用語に埋まっているロマンに必死でついていく筆者

海底に残されている未来への警鐘

「地震・津波・火山災害と水中考古学」では、海洋研究開発機構の谷川亘上席研究員や京都大学防災研究所の山崎新太郎准教授、東海大学海洋学部の横山由香助教による発表が行われました。

過去の南海トラフ地震で沈んだとされる集落を探す調査や、静岡県西部にもある7世紀末の「白鳳地震」の津波堆積物の調査などの発表がありました。
また噴火災害では、明治21年に磐梯山が噴火した影響で川がせき止められて湖に沈んだ「桧原湖湖底遺跡」の調査などの発表がありました。

どれも過去に人々を襲った大きな自然災害で、そこから得られる教訓は私たちの防災にとってとても大切です。

東海大学 横山由香助教

一方で東海大学海洋学部の横山由香助教は、東日本大震災を受け、震災翌年から毎年、海底の津波の痕跡を調査し続けているという発表をしました。いわば、現在進行形の海底地質調査です。

海底の津波堆積物がどう変化していくか、音波探査やボーリング調査などを用いて、詳細な記録を取り続けています。

横山教授が調査を続けている三陸の海岸

震災前に沿岸に設置されていた2トンのコンクリートブロックが1.1キロ沖合に流されていた話がありました。
「浅い海には津波の大きさや規模のサンプルが詰まっている」と説明。
改めて津波の力の大きさに驚かされますが、なにより、継続的な海底の記録が今後の災害予測や、過去の津波の痕跡を調査する際の参考となるという話に感銘を受けました。

海底にはロマンが詰まっていると思っていましたが、未来への警鐘や警告も含まれているんですね。

今後 学際的(がくさい)な研究がますます重要になる

最後に、今回のシンポジウムの事務局を務めた水中考古学者の東海大学人文学部の木村淳准教授に話を聞きました。

潜る考古学者 木村淳准教授

『水中考古学はいくつかの異なる研究分野にまたがって関わるもので「学際的」と言われます。今回のシンポジウムでは、地球科学分野から水中遺跡への理解の貢献がこれまでになくあったと感じました。「地球」と「人類社会」の関係をひもとく、新しい学術分野の可能性を探れたなと思います。』

学際的……。最初、学生がワイワイやる“学祭”的な話かと思いましたが(失礼しました!)、よく宇宙への挑戦も学際的研究と言われますよね。

人類が数万年前に、当時の考えられる技術を持ち寄って海に出て行ったように、先の見えない新しい時代に挑戦する私たちも、理系・文系問わない学際的な取り組みがますます重要になってくるのかもしれません。

それもまたロマンです。

  • 田中 洋行(たなか・ひろゆき)

    NHK静岡 アナウンサー

    田中 洋行(たなか・ひろゆき)

    大学と趣味で海を学んできたアナウンサー(趣味の方が多い?)。北海道から沖縄、太平洋、日本海…いろんな海に触れ、潜ってきましたが、改めて静岡の海のすごさを実感する日々。「しず海ひろば」で静岡の海を発信していきます。

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