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伝説の作曲家・林哲司が語る なぜいま“ネオ昭和”?

中森明菜や竹内まりやなどの楽曲を手がけた 静岡出身のヒットメーカーにロングインタビュー
  • 2023年02月22日

「真夜中のドア~stay with me」をはじめ、数々の名曲を手がけた作曲家の林哲司さん。
世界でシティポップブームが続く中、いま若い世代がうみだす“ネオ昭和”な音楽をどう聴くのか?
1時間を超えるインタビューで語った言葉です。
(東海ドまんなか!2023年2月3日放送)

なぜ?続く“昭和音楽”の人気

ーー1970年代~80年代にかけての日本の音楽が、国内外で人気を集めていますが、どう感じていますか。

この現象はいろいろな理由があって、それはひとつではないということがわかりました。

ただ、端的に言えば、ネット社会になったことと、サブスクの利用者が増えたことによって、世界の人たちが(80年代の日本の音楽を)聴けるような環境が生まれたことが、一番大きな理由だと思うんですね。

80年代の“メロディーに復帰”

ーー80年代音楽の特徴のひとつに、“メロディー”があると伺いましたが、いまの人気と関係があるのでしょうか。

いまはリズム中心の時代が長く続いています。僕はそれが80年代後半から始まったと思っているのですが、ストリートミュージックの影響です。

正直僕は、ラップが流行りだした80年代後半に、このムーブメントはすぐにおさまると思っていたのですが、ところがどっこい。世界でラップを取り入れた音楽が主流になって、いまや音楽のカテゴリーとして十分に浸透した状況だと思うんですね。

そういう長い時代を経て、世界のリスナーたちが、もう一度メロディーに復帰しているのではないかという感じも受けているんです。

「人間がつくりだす音」への憧れも

林哲司さん

もうひとつ思うのは、今はパソコンで音楽をつくりだすことが日常茶飯事です。レコーディングの場面においては、1人で打ち込んで音を決めて、1人でアレンジして音楽をつくりあげることができる。

バンドは別ですが、人間と人間が接触してものをつくることは、今は特別なことになってしまっているわけですね。

だけど、あの当時は、スタジオでミュージシャンが顔を合わせて、アンサンブルしてひとつの音楽をつくる。実際にアンサンブルしたときに出てくる、見えない音の部分、パソコンで打ち込んでつくったものとは如実に違う空気感があるんです。

その部分に対しての憧れみたいなものを、若い人たちが持っているのではないかという気はしますね。

昭和の音楽に影響うけるのは 
 “自然なこと”

アマチュアの頃から使い続けているギター

ーーいま、昭和歌謡やシティポップに影響を受けた若い世代が、“ネオ昭和”、“ネオシティポップ” とも呼ばれる新たな音楽をうみだしています。

普通のことだと思いますね。音楽とか芸術をやっている人間は、過去のものに絶対影響を受けますから。白紙のキャンバスに、何の知識もなく描くことは無理ですよね。

僕たちだって、海外の曲を聞いてすごく触発されて、「こういう曲をつくりたい」という気持ちの中で生みだしたものに、日本の言葉がはまって、新しいひとつのものになっていくわけですね。

そういうことの連鎖で、音楽に限らず、文化はどんどんアップデートされていくから、そういう意味でいえば、ひとつの役割を担っているということは嬉しいですよね。

“ネオ昭和”な音楽
実際に聴いてみると・・・

静岡の“ネオ昭和”バンドの曲を聴く林さん

ミュートのギターとか、もろ1980年代。一発ですね。

アレンジ、サウンド、コード進行、歌い方。
なんだろう、鈴木茂さんとか、(山下)達郎さんとか、このハーモニーも、コーラスも、1980年代の特徴ですね。

ーー当時と違う、新しいと感じる部分は。

詞が違うのかな、一番大きいのは。

いまの方が言葉数が多いんですよね。
それと私小説的。自然体で、自分の日記を書くように綴る、つぶやき的な感覚。

(80年代の)プロの作詞家が机上でつくる比喩表現とか、詞だけを見て整っているというものは、今の若い人たちからすれば作り物のような意識をもってしまう。

ーーこのバンドの楽曲は国内だけでなく海外からも注目されていますが、“ネオ昭和”な音楽について、どう感じますか。

僕らがここに登場しても、参考書みたいな感じでウケるとは思わない。若い人たちがやっているからいいのであって。

古着を年寄りが着ても古着なんですよ。古着を若い人が着るからかっこいいんです。それが一番わかりやすいかもしれない。今ふっと思いついたんですけど。

作曲家デビュー50周年
「書き続けたい」変わらぬ情熱

ほとんどの曲をこのギターでつくってきた

ーーことし作曲家としてデビュー50周年を迎えられますが、どんな思いですか。

人から50周年と言われるようになって意識しはじめました。いま色々なイベントが進んでいるので、昔のものを取り出して、アマチュア時代の音源から何から、テープを再生して。

そういうことで振り返ったときに、それなりの感慨はありますね。ただ、作品を書き続けたいという気持ちは、いまも全く変わらないです。

デビュー当時の林さん

ーーいまの昭和音楽への人気が、林さんの音楽活動に影響を与えている部分はありますか。

僕自身はブームというものに対して、正直、それにあやかるということはないんですよ。ずっと(音楽を)続けてきているという自負がありますから。

ただ、昔の作品が注目されることは、背中を押されている感じなんですね。

(今後は)違った表現方法も考えたいです。たとえば、ミュージカルや、長いスパンのなかでつくりあげていくもの。年齢とともにじっくりと取り組んで発表することも、音楽家としてあっていいのかなという気がします。

なぜいま“ネオ昭和”なのか
最後に語った、ある思い・・・

常々この歳になって感じるのは、どの時代が一番過ごしやすかったかなと。文化とか技術とか、発展すればいいかというと、ちょっとそれも違うのかなという気がしていて。

人間と自然が適度に共存できて、社会もそれなりにスムーズに流れていく時代は過ぎてしまったな、という実感があるんです。もしかすると、それは昭和だったかもしれない。

もしかしたら今の若い人たちは、ここまで色々なことが発展して、スマホありきの生活をしている状態の中で、どこか人間としての本性で、呼び起こされている部分があるのかなという気がしないでもないんですけどね。

音楽もその中のひとつとして、そういう(昭和の)ものに憧れる人たちがいるのかなという気がします。

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