2020年05月08日 (金)緊急事態宣言 貼り紙のことば 【 三上 弥 】
こんにちは。
シニア・アナウンサーの三上弥(みかみ・わたる)です。
初夏を迎えた公園の緑は鮮やかです。
緊急事態宣言のもとでも、
季節の移り変わりは着実にやってきます。
三上弥の「現場のことば」
第19回は、「緊急事態宣言貼り紙のことば」です。
移動制限下の大型連休
緊急事態宣言を受けた移動制限のため、
大型連休の期間、ほとんどを静岡市で過ごしました。
例外は、八十八夜の5月1日(金)に、
自宅におけるお茶の楽しみ方の取材で富士市に行ったことです。
お茶の取材も、
緊急事態宣言という括(くく)りのテーマで、
今シーズン独特の「在宅」にかかわるニュースの一環でした。
「宣言」下でも、日常生活の必需品の買い物や散歩は、
「3密」を避ければ可能ということなので、その範囲内で何度か外出しました。
今回は、限られた外出の際、
静岡市の公道など
「公開されている場所」で見た貼り紙のことばから得たポイントをお伝えします。
させていただく
貼り紙の文言で目立ったのは「臨時休業させていただく」です。
当事者がへりくだって相手を敬っているような気がするので
「多用」されているものの、ちょっと注意が必要です。
文化庁や各種辞書の説明によると、
「(お・ご)……(さ)せていただく」という敬語の形式は、
当事者である自分側が行うことを「A=相手側または第三者の許可を受けて行い」、
「B=そのことで恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合」に使うのが原則です。
店舗の場合、「A」の相手側というのは利用者=客です。
広義にとらえると、納入業者などふだん出入りしている人たちを含めてもいいでしょう。
臨時休業は、そうした相手側の許可を得て始めるものではありません。
第三者に行政が含まれるとしても、許可ではなく要請を受けて実施するものです。
休業が「許可」を受けて実施しているのではない時点で、
「させていただく」がおすすめの表現とは言えません。
「B」の要素について考えます。
客や納入業者などの相手側に、
臨時休業によって感染拡大を防ぐという恩恵を受ける
事実や気持ちが生じることはありえます。
しかし、「事実」はともかく、相手側の受け止め方はそれぞれなので、
恩恵を受けているという「気持ち」の存在を確認するのは簡単ではありません。
つまり、「B」の要素を満たすのは容易ではないのです。
「させていただく」という敬語表現は存在するけれども、
本来の用法を知っておかないと、違和感のようなものが残ります。
今回のような場合は、
「しばらく臨時休業します」「臨時休業します」
「臨時休業を決めました」「しばらく臨時休業することにしました」など、
「です」「ます」「ました」といった丁寧語を基本にするのがおすすめで、
必要に応じて「いたします」を使えば、丁寧な感じがいっそう増します。
貼り紙に限った話ではなく、日常会話も同様です。
「当面」「当面の間」
「当面」なのか「当面の間」なのかも、貼り紙を読みながら少し考えました。
「当面」と「当面の間」という用例があるので、
あまり気にせずに使っている場合が多いものの、
「当面」の意味は
「さしあたり(副詞のようにも用いる)」「目下」「現在直面していること」「じかに向き合うこと」なので、
「の間」を付けると、重複表現と受け取られる可能性があります。
重複感について似たような事例は、「人口」です。
「人口」には数字のあとに「人」を付けないのが本来の用例である一方、
実際の運用では「人」を付ける場合が多いのが実情です。
◎ 人口10万 > 人口10万人 △
「当面」については、
「の間」を付けないほうがより良い(better)と知っておくといいでしょう。
◎ 当面 > 当面の間 △ のようなイメージです。
分かりやすい表記
懸念のある「させていただく」や「当面の間」を使わずに、
必要な内容を的確に伝えている貼り紙は
分かりやすい印象を受けます。
テレビニュースの静止画・字幕のように、
必要事項を箇条書きにした貼り紙も疑問を残さないと感じました。
ポイントを押さえて無駄のない表記が大切なのは、
貼り紙もテレビニュースの静止画・字幕も同じです。
平穏な「日常」を考える機会に
NHK静岡放送局のTwitterから
静岡県、そして日本が誇る「霊峰」の写真を発信しました。
過去に取り上げたように、
富士山の頂上付近は県境(けんざかい)が定まっていません。
富士山は、静岡県民にとってはもちろん、
多くの「日本国民」にとっての誇りや自慢でもあります。
富士山のこの写真は、
緊急事態宣言が全国に拡大する方針が示された前日、
4月15日(水)に撮影したものです。
世の中が、急にもとの状況に戻るわけではありません。
少しずつかもしれないけれども、富士山から「元気」をもらって、
日常を取り戻せる日がくればいいという願いを込めました。
安全な生活を守るために巡回している人たちや、
ふだんと変わらずにたたずんでいる動物たちもいます。
平穏な日常のありがたさを再認識する機会にしましょう。
ソーシャルメディア活用が広がる令和2年でも「貼り紙」健在
大型連休に見た貼り紙の多くは剥がされています。
ソーシャルメディアの活用が広がった現代でも、
手作り感のある貼り紙は「健在」でした。
統計にあらわれるものではないものの、紹介した貼り紙は、
令和2年の春から初夏にかけての世相を伝える資料ともいえます。
「緊急事態宣言」をめぐる最新の情報は、「NHK NEWS WEB」の
新型コロナウイルスに関する情報を掲載した「特設サイト」をご覧ください。
サイト内の構成が、より分かりやすくなりました。
投稿者:三上 弥 | 投稿時間:18:30