タイムトリップ衆院選

今回で49回目となる衆議院選挙。長い歴史の中には当時の社会状況や政治情勢をうかがうことができるエピソードがあります。人々の記憶に残る衆議院解散、そして現在につながる選挙制度の大改革。これまでの衆議院選挙を振り返ります。

最初の衆議院選挙は明治時代

明治23年 第1回衆議院選挙

日本で初めて衆議院選挙が行われたのは、総務省の記録によると約130年前の明治23年。大日本帝国憲法のもとで行われ、投票できたのは直接国税15円以上を納める25歳以上の男性だけでした。その後、いわゆる大正デモクラシーの機運の高まりとともに納税の条件は撤廃されていきました。

昭和21年4月10日 第22回衆議院選挙

男女ともに投票できるようになったのは、戦後間もない昭和21年4月の第22回衆議院選挙からです。

GHQが主導した民主化政策のもと、女性の参政権が認められました。

この衆議院選挙では466の定員に対して2770人が立候補し、投票率は72.08%。当時のニュース映像では、女性の投票は予想以上に多かったと伝えられ、子どもをおぶった女性がインタビュー取材に答えて「食料不足を解消してほしい」などと語っていました。

投票所では貴重な投票の機会を逃すまいと長い行列ができました。

昭和から平成の初めにかけて、衆議院選挙の投票率は70%前後で推移していました。

衆議院解散の歴史

衆議院選挙の歴史は、衆議院解散の歴史とも言えます。

衆議院議員の任期は4年ですが、戦後、任期満了によって行われた衆議院選挙はたった1回。
三木武夫内閣の昭和51年12月の選挙だけです。
そのほかは衆議院の解散に伴って行われました。

衆議院解散の判断のタイミングは、事実上、時の総理大臣が政治情勢などを踏まえて判断してきました。
「いざという時の切り札」を意味する『伝家の宝刀』とも言われる所以です。

解散には、当時の状況を反映したネーミングが付けられたものもあります。

バカヤロー解散

昭和28年3月14日

昭和28年、当時の吉田茂総理大臣が衆議院予算委員会の質疑で「バカヤロー」と発言したことをきっかけに行われた解散。

野党が提出した内閣不信任案が成立し、吉田氏が衆議院を解散しました。

寝たふり解散(死んだふり解散)

昭和61年7月7日 衆参同日選挙投票翌日

昭和61年、「解散は難しい」という発言を繰り返していた当時の中曽根康弘総理大臣が解散に踏み切ったことから、こう名付けられました。

この解散で衆参同日選挙となり、自民党が大勝しました。政治の世界では「解散の時期は嘘をついてもよい」と言われることもあります。

郵政解散

平成17年7月5日 衆議院本会議

平成17年、当時の小泉純一郎総理大臣が実現を目指した郵政民営化の関連法案が参議院で否決されたことから踏み切った解散。

小泉氏は郵政法案に反対した議員を公認せず、“刺客候補”を擁立。各地で“造反”対“刺客”の対決が繰り広げられました。
結果、自公両党が圧勝しました。

近いうち解散

平成24年11月14日 党首討論

平成24年、民主党政権下で野田佳彦総理大臣が行った衆議院解散。

この年の8月、民主・自民・公明の3党首の会談で野田氏が「社会保障と税の一体改革法案の成立後、近いうちに国民の信を問う」と発言しましたが、なかなか解散せず、それから3か月後の11月、自民党の安倍晋三総裁と行った党首討論で解散時期を明言しました。

戦後初 任期を越えての衆院選

今回の選挙は、戦後初めて衆議院議員の任期を越えて行われることになります。
どのように政治史に刻まれるのでしょうか。

25年前の一大改革

中選挙区から小選挙区へ

平成5年8月9日 細川連立内閣の閣議

「小選挙区比例代表並立制」が始まったのは今から25年前、平成8年10月に行われた衆議院選挙からです。

それまでは「中選挙区制」で、選挙区が今より広く、1つの選挙区から複数の候補者が当選する仕組みでした。(小選挙区制では1選挙区の定員は1)

中選挙区制の時代では、同じ選挙区に自民党の派閥が異なる複数の候補者が立候補し、派閥間の激しい争いが繰り広げられました。
また、「リクルート事件」といった政治とカネをめぐる問題が後を絶たなかったことから、政治改革の必要性に迫られました。

当時、政治改革のために発足した有識者で作る審議会は、中選挙区制の下では政権交代が行われず政治の腐敗を招きやすいことや、激しい派閥間の争いを背景として選挙にかかる資金の膨張につながっていることなどを指摘。

自民党内には改革への抵抗もありましたが、平成5年のいわゆる「政治改革選挙」で自民党が大敗し「55年体制」の終焉を迎えます。その後、平成6年に政治改革関連法が成立し、一大改革へと至りました。

比例代表

衆議院選挙で、小選挙区の選挙とあわせて行われる比例代表の選挙。
これは、1選挙区で1人しか当選できない小選挙区の選挙では2位以下の候補者の得票がいわゆる「死票」になってしまうのに対し、比例代表は政党の得票に応じて議席が配分されることで少数政党も議席を獲得でき、幅広い民意を政治に反映できるという考えから取り入れられました。

あれから25年

衆議院選挙に「小選挙区比例代表並立制」が導入されて以降、今回で9回目の選挙となります。

政党どうしが戦う構図が全国的に根付いてきました。
また、政権交代も実現するようになり、平成21年には野党だった民主党が政権与党に、その3年後には自民党が政権を取り返しました。
一方、都市部への人口流入に伴って小選挙区の1票の格差が広がっていることや、投票率の低迷など課題も指摘されていて、選挙制度については今後も議論されることが予想されます。

平成以降の衆議院選挙の各党獲得議席などはこちら

(政治部記者・安田早織)

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