選挙を知ろう

【世界選挙紀行】アメリカ①
大統領選挙に「セット」メニュー?これは、お得?

白鳥浩さん白鳥浩さん

法政大学大学院教授。「現代政治分析研究」担当。

ついつい…「それじゃあ、セットで」

先日、給料日前なので、ファストフード店でハンバーガーを単品で買おうとしていた私に、店員さんが「ポテトとドリンクもセットにするとお得ですよ」と言って微笑みかけてきた。
その素敵な笑顔に、つい「あ、それじゃあ…セットで。」とつぶやいてしまった弱気な私。「ついでに○○もどうですかぁ?」と、危うく他のサイドメニューも売りつけられそうになって、あわてて断った。あぶない、あぶない。給料日前で金欠なのに…少し支払いの多くなった昼食を、私は一人さみしくスツールに腰掛けてパクついたのであった。もぐもぐ。

「セット」割引の「魔力」

ファストフード店をはじめ多くのお店では、「セット」にすると支払いが多少お得になる、消費者にとってお得なプランが存在する。そこで、私たちは目先の利益や、価格的な安さなどに魅かれ、ついつい頼んでしまう。
複数の商品を混在させて、目先の利益を唱える商法は、時に “その商品が本当に必要かどうか”という争点をぼやかす可能性、「セットの魔力」を秘めている。

世の中にはそんな「セット」が溢れている。そして、アメリカ大統領選挙にも「セット」が存在していることをご存じだろうか。

アメリカ大統領選挙の「セット」とは

アメリカ大統領選挙も「セット販売」?

アメリカの大統領選挙では、大統領と副大統領を一緒に売り込むという、いわば「セット販売」に近い形で選挙運動が展開されている。
2期8年を務め任期満了のため、立候補できないオバマ大統領の後継を選出する2016年の大統領選挙。野党である共和党は、大統領候補にドナルド・トランプ氏を、副大統領候補にマイク・ペンス氏を7月に選出。少し遅れて、与党である民主党も大統領候補にヒラリー・クリントン氏、副大統領候補にティム・ケイン氏を選出した。11月8日の選挙に向けて、両陣営の攻防戦は日々ヒートアップしている。

「大統領+副大統領セット」のメリット

日本では、国家における“行政”の担当者を、立法府である“国会”の中から選出するという形式の“議院内閣制”をとっている。そのため、「総理」と「副総理」を国民が直接選択することはなく、アメリカの大統領選挙のように「大統領」と「副大統領」を同時に選ぶことを想像するのは難しいだろう。しかし、同時に選ぶことにはメリットがある。

世界の超大国といわれるアメリカにおいては、大統領の権限とその責務には想像を絶するものがある。彼の一挙一投足が、世界に大きな影響を与え、いわば「大統領は、世界を動かしている」といっても過言ではない。第一のメリットは、そんな大統領が体調を崩し、連絡がつかなくなるなどして公務に空白が生じた場合、代わりに世界を動かす人間を選んでおけるということだ。そして第二には、大統領の代行は、その責務の重さから、アメリカ国民が承認した人間でなければならない。そのため、新しい大統領を選択する際に一緒に、「セット」で副大統領を国民に選ばせるという仕組みには合理性がある。

これらのメリットは「有権者」側からのメリットだが、「候補者」側にとっても、大統領候補の支持者が不足している場合、副大統領候補の支持者で補えるため、「セット」で選挙に臨むことはメリットがあるといえる。

そして、ここにも「セットの魔力」が…

子供の時の私は、金色の色鉛筆を欲しいばかりに、24色セットをお小遣いをためて買った。金と銀が入っているのは、24色セットだけだったからだ。しかし、金色は、やまぶき色と黄色とあんまり変わらない色で、がっかりしたものだ。

金色の鉛筆という「セットの魔力」に魅かれた子供のころの私のように、大統領選挙でも「セットの魔力」が効果を表す時がある。大統領候補の欠点を吟味することもなく、「副大統領が手堅い人だから大丈夫だ」と有権者が思い込んでしまうことがある。

政治経験がなく、過激な言動が目立ち、70歳のトランプ氏を大統領候補とした共和党は、副大統領候補として下院議員の経験があり、現役のインディアナ州知事である57歳のペンス氏を選び、政治的経験、主張、そして年齢のバランスをとっている。

トランプ氏セット

一方、68歳で上院議員、国務長官の経験を持ち、保守的な主張を訴えることもあるクリントン氏を大統領候補とした民主党は、ヒスパニックの支持も受けるリベラルな58歳のケイン氏(※)を副大統領候補とし、やはり、同様にバランスをとっている。

クリントン氏セット

だが、政策決定者はあくまでも「大統領」。そのため、大統領の人格や政策を、理性的に吟味することが“大統領制”の中では不可欠だ。ひょっとしたら、議員が間接的に国会の中で、行政担当者である首相を選ぶ“議院内閣制”のほうが、政治に理性を持ち込む余地があるのかもしれない。

…そんなことを、ハンバーガーを食べながら考えている人は、どれくらいいるのだろうと思いながら、店を後にした。

※ 現職の上院議員で元バージニア州知事。

国情報

アメリカ合衆国
  • 国名:アメリカ合衆国
  • 首都:ワシントンD.C.
  • 人口:約3億2327万人(2016年4月)
  • 投票権:18歳以上
  • 大統領:バラク・オバマ
  • 有名なもの:ハリウッド、グランドキャニオン、シリコンバレー、ブロードウェイ、自由の女神、ハンバーガー、コーンフレーク

(掲載されている情報は2016年10月現在の内容です)