選挙を知ろう

【世にも“奇妙な”公選法】
「お宅訪問」はアウト!

東北大学の教授である河村和徳河村和徳さん

東北大学大学院情報科学研究科准教授。共通投票所導入を検討した、総務省投票環境の向上方策等に関する研究会のメンバー。

え、これはアウト!?

参議院選挙が公示されて少したった、ある日。天気がよかったので、“私”が自宅の玄関前にある家庭菜園の手入れをしていると、「いい天気ですね」と声をかけられた。

自宅にいると…?

ふりむくと、そこには参議院選挙に立候補したAさんが立っている。
「こんにちは。今度、立候補したAです。今度の選挙では、是非私に投票していただきたいと思って、支持者の方に住所を教えてもらって会いに来ました。今日は、私の政策を伝えに来ました。」
“私”は、A候補と数分間、政策や今度の選挙について、いろいろと意見を交わしたのだった…

欧米の選挙では、こんな風景は一般的に見られますが、日本では選挙違反となります(※1)。公職選挙法第138条で、「何人(なんぴと)も選挙期間中に、戸別訪問して投票を依頼したり、演説会の日程を告知して歩いたりすることができない」と定められているのです。「何人(なんぴと)も」とあるように、立候補者、政党、後援会関係者だけでなく、有権者もふくめ、誰もがやってはいけないことになっています。

「戸別訪問NG」をかいくぐる技

いわゆる「どぶ板選挙」と呼ばれる、選挙運動を見たのでしょう。「どぶ板」があるような路地まで入り込んで歩き回り、握手をしながら一人ひとりに支持を求める選挙手法です。

どぶ板選挙!?

確かに一人一人に声をかけていますが、特定の家を訪問するのではなく、街頭を歩きながら偶然出会った人たちに支持を依頼するので、「どぶ板選挙」は戸別訪問にはあたらないのです。

今や日本の選挙の風物詩ともいえる、選挙カー。候補者の名前を車から連呼して回る、この方法が誕生した背景にも、戸別訪問が禁止されていることが大きいと思います。

あやし~い戸別訪問

戸別訪問の禁止が規定されたのは、大正時代。ちょうど男子普通選挙を導入する時でした(※2)。それまでは、高額な納税を納めている満25才以上の男性、たった全人口の約1%にあたる人々に限られていた選挙権が、満25歳以上のすべての男性に与えられることになり、「政治がどういったものか分かっていない有権者が急増するのでは」という危惧が起こりました。戸別訪問をして、「買収などの不正が行われるのでは」「情が湧いて、投票してしまう可能性が高くなるが、それでは政策本位・人物本位の選挙にならない」という理由で、禁止に至ったと考えられています。

しかし、男子普通選挙が導入されて、まもなく1世紀。ネット送金ができるような現代では、戸別訪問をしなくても買収することは可能です。国会議員・地方議員の減少などの影響もあり、私たちは政治家や政党組織等に接する機会は減る傾向にあります。昔は戸別訪問を禁止するメリットが大きかったかもしれません。しかし、戸別訪問を解禁して、多くの有権者が直に候補者と接触する機会を増やすことで、政治に対する関心を高めるなどのメリットの方が今は大きいように私は思います。候補者が有権者と直接会話したり、握手をすることで、政治に関心のなかった人々が政治に関心を持ち、選挙運動を手伝うようにもなるのではないでしょうか。

※1:ちなみに、韓国も戸別訪問を禁止している国の1つ。
※2:長い間ネット選挙運動解禁の足枷となっていた文書図画の頒布の制限も、戸別訪問禁止と同時に導入されました。